犬と歩く夙川

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尼崎 零戦と住友

あますいツアーの案内を見ていて思い出したことがあります。
http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061521/p11008006c.html

住友と零戦です。

3/22(土)JR尼崎コース 尾浜に眠る、麗しき名月姫伝説の地をたずねて 汽罐王・田熊常吉とミスタータイガース村山実と


地図の左手のところ、D住友精密工業本社と書かれたところです。

かつてここには住友金属工業のプロペラ製造所跡がありました。昭和16年から昭和20年6月15日の空襲で壊滅状態に陥るまで全国一の規模を誇るプロペラ製造所と書かれていました。


つい数日前に、零戦といえば三菱重工と思われがちですが、実は米国ハミルトン製の油圧式プロペラを製造していたのは住友金属だったこと。さらにボディーは同じく住友金属で開発された、新合金超々ジュラルミンを主翼主桁であったことを聞いたばかりでした。



以下の住友グループ広報委員会のページに住友と零戦のことが少し書いてあります。

http://www.sumitomo.gr.jp/history/person/index38.html


時の住友本社総理時古田俊之助は確か夙川在住だったと記憶しております。





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煙突 変電所 工場 産業遺産 | コメント( 6 )

尼崎に昔からある工場は戦前・戦中といろんな部分で住友の下請け的仕事をしています。
プロペラもいろいろな部品があるのですがその部分ごとに工場が違ったりします。私がかつて勤めていた尼崎の金型工場でもゼロ戦のプロペラを作っていたようですから。
ちなみに現在の住友精密工業尼崎工場は自衛隊機の脚部を作っていますよ。

[ ダンプ先生 ] 2014/03/02 18:45:00 [ 削除 ] [ 通報 ]

ダンプ先生 軍需産業といえば三菱みたいなイメージがあるのですが、多かれ少なかれ戦前の企業はどこも軍の仕事をしなければ生きていけなかったのかもしれません。この跡どうなっていくのかが不安です。

[ ふく ] 2014/03/02 20:23:05 [ 削除 ] [ 通報 ]

現代では軍需産業の定義がとてもむつかしくなっていますよね。西宮で有名なところでは古野電気なんかもソナー関連で川崎重工(造船)で潜水艦の艤装に関わっているはずですし、一般レーダーなんかは間違いなく古野でしょう。阪神間では住友精密工業、新明和工業(元川西航空機)なんかが有名です。ミサイルのパーツは日産自動車ですし、装輪装甲車は小松製作所、トヨタ自動車は高機動車。珍しいところではカンパンの供給元は三立製菓ですね。
軍とか自衛隊は衣食住から装備品全般までどこからかの供給ですから、思わぬところで関わっている可能性がありますね。

[ ダンプ先生 ] 2014/03/02 23:33:01 [ 削除 ] [ 通報 ]

余計なことかもしれませんが、漫画家の尼子騒兵衛さんは、住友精密工業に勤務しながら、通信制の大学で勉強、その後漫画家の道を目指して頑張っておられたのですよ。

[ たくじろう ] 2014/03/03 16:47:09 [ 削除 ] [ 通報 ]

ダンプ先生 フルノ電気と書いたビルは阪急から見えていますが、電気ってなんだろうと思っていたら、レーダー、ソナーなどの会社だったとは知りませんでした。住友精密機械は住友金属の航空部門が独立した会社だとか。カンパンが三立ですか...確かに銃器などはわかりやすいですが…境界は曖昧です。武器輸出三原則という言葉を一時期よく耳にしましたが、今やあってないような曖昧な原則ですね。北朝鮮に電子レンジを輸出した人がつかまっるのも、軍事技術として使用するからとか。

[ ふく ] 2014/03/05 13:27:37 [ 削除 ] [ 通報 ]

たくじろうさん 尼子さんは忍たま乱太郎の方ですね。尼崎は工場が多いです。大手企業の工場勤務は役所とならんで、始業終了時間がきっちりしていて、労働環境が整備されているので、定時制の学校に行きやすかったと聞いています。最近は企業の工場も阪神間からなくなり、大学の二部も減ったように思います。通信制の大学に行かれるシルバー世代、リタイヤ後大学院に行かれる方も増えたとも聞きます。

[ ふく ] 2014/03/05 13:31:58 [ 削除 ] [ 通報 ]

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ゴジラがでそう

京都のある印刷工場にいった時のお話しです。


寒波で西山は雪雲が....

あのむこうは亀岡から園部、京丹波です。


工場のある場所は向日町付近です。

昔は田園地帯だったのでしょうか。

変電所があります。






なんだかこういう雰囲気ってゴジラがでそうです。


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煙突 変電所 工場 産業遺産 | コメント( 4 )

https://www.youtube.com/watch?v=ln8-Y-fIbqM
Blue Oyster Cult - Godzillaです。私より少し上世代のこのバンドのメンバーたちは皆幼い頃映画館でgゴジラにエキサイトしたそうです。
途中うっすら聴こえる「ダイシキュウヒナンシテクダサイ」の怪しい日本語が笑えます。

[ せいさん ] 2012/12/21 22:20:36 [ 削除 ] [ 通報 ]

せいさん BOCでしたね、完璧に忘れてました。やっと名前だけ思い出しましたが、ゴジラなんてありましたっけと思いつつ聞いてみたのですが、他の曲は思い出しましたが...
ごじらは駄目でした。

[ ふく ] 2012/12/21 23:15:38 [ 削除 ] [ 通報 ]

子供の頃、ゴジラの映画が本当に怖かった(汗)
それとキングコングも・・・ザ・ピーナッツの想いでもいいですね(^^)

[ -- ] 2012/12/22 10:11:06 [ 削除 ] [ 通報 ]

のにさん モスラですね。今見るとちょっと笑ってしまいますが、むかしは真剣でした。

[ ふく ] 2012/12/23 15:00:54 [ 削除 ] [ 通報 ]

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ロンドンの煙突

ロンドンの煙突です。


 


チムニーポットを入手して以来


 


煙突が気になって、


 


その後数度ですが、


 


ロンドンに行くと、窓から煙突を撮っていました。



これは2004年頃の写真です。


 


どこの、何という有名な建物ではありません。


 


住宅ではなくて、


 


ビクトリア朝期に建てられた元何かの庁舎とかといった建築物です。


 


屋根の上に煉瓦造りの煙突がみえます。



 



 


そして、ズームアップすると


 


チムニーポットが見えていると思います。


 


 


 



 


 


 


こういうビルが解体されると、


 


チムニーポットがはずされて、


 


海を渡ります。


 


文化資源のリサイクルといいましょうか。


 


壊す前に気づくこと。


 


捨てる前に拾うことそれが大切なことだと思いますが、


 


何がいるもので、何がいらないか。


 


有形物にかかわらず、


 


お祭りの芸能や、


 


いろんな技術など、無形も含めて、


 


学校では教えてくれませんから、


 


間違った捨て方してしまい後の祭りとなることが多々あります。


 


その点、煙突に限りませんが


 


ヨーロッパは日本よりも先進国だと思います。



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Chimney Pot (チムニーポット)

Chimney Pot (チムニーポット)

Chimney Pot (チムニーポット)

19世紀のイギリスの建築。
暖房が暖炉だったことから、
屋根の上には煙突があり、その一番先端に
ついていたのが、テラコッタ製の
チムニーポットでした。

建築と同様いろいろなスタイルがあります。

そのチムニーポット、
1920年代になり、
暖房がオイルヒーターになると
時代おくれになっていったそうです。

ロンドンの建築物でも
チムニーポットがのっていることによって
だいたい建築された時代がわかります。

そのチムニーポットが
実ははるばる海を渡ってきて
家に一つあります。

冬なので寒さに強いアイビーの鉢をのせていますが、
これがチムニーポットです。
家に来てからもう10年以上になります。
スタイリストしてる友人から手にいれました。
当時は、ロンドンの煙突だよとのことでして、
チムニーポットだとは知るよしもなく、

その後ロンドンに行くたびに
屋根を見上げておりましたが、
chimneyとかstyleとかいろいろ検索していたら、
どうやらそれがchimney potと呼ばれていることが漸くわかりました。


園芸材料の店のサイトに日本語で簡単な解説があったので貼り付けました。
http://earlscourt-manor.jp/chimney.html 


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煙や煙突を歌う

煙や煙突を歌う

 昔大阪は「煙の都」とよばれた。いまでも大阪では工場地帯の煙突から吐きだす煤煙と排気ガスが原因になって発生するスモッグに対する公害対策が問題になっているけれど、大阪を「煙の都」などというのは歌の文句としてももはや通用しないのである。昔の大阪市内の小・中学校の校歌の歌詞や、大会社の社歌の歌詞を見ると、出だしはかなわずといってよいほど「金剛の峰いや高く」というような文句にはじまり、つぎに「茅(ちぬ)の海」が現れ、そして「煙の都」におちついている。そういう措辞でしか、子どももおとなもふくめて、大阪に育ち、大阪で生きる人間のよろこびや誇りをいい表すすべがなかった。

 金剛の峰や茅の海は、見えても見えなくても、まァそれはそれでいいとして、煙の都なんていえば、いまでは子どもだってばかにするだろう。重化学工業時代の商工都市の相貌は、もはや林立する煙突や空をおおう煤煙でもって掲揚することが、不可能なことを子どもも心得ているのである。

 望見する角度によって、五本にも三本にも二本にも見えるので、安治川べりに居住している人たにち「おばけ煙突」の名前でよばれていた旧大同電力の八本煙突が昭和三十九年に姿を消した。大阪名物が一つなくなったわけであるが、これは、今日の能率的な火力発電所の設備には、このような巨大な煙突群なんか無用になったことを物語っている。四日市の石油コンビナートの風景を見てもわかるように、産業構造の改変にともなって、工場地帯の風景そのものも、しだいにその様相を変えつつあるのである。


昭和42年に出版された、詩人、小野十三郎の『大阪ー昨日・今日・明日ー』の冒頭、消えゆく「葦の地方」からの引用です。

実は、小野十三郎の詩集、『大阪』を買うつもりが間違ってこれを買ってしまったのです。この随筆昭和42年という、高度成長期にかかれているのですが、既に林立する煙突や空おおおう煤煙を過去のものとして扱っています。

私の記憶にある大阪の工場地帯とはせいぜいこの頃のものなのですが、それ以前の煙はいったいどんなにすごかったのかと想像してしまいます。

社歌や校歌には必ずといっていいほど「煙」がでてきたようですが、ここで大正10年に制定された大阪市歌を見てみましょう。

<壱>
高津の宮の昔より  
代々 (よよ) の栄 (さかえ) を重ね来て
民のかまどに立つ煙  
賑いまさる大阪市  
賑いまさる大阪市

<参>
東洋一の商工地
咲くや木 (こ) の花 魁 (さきが) けて
四方 (よも) にかおりを送るべき
務 (つとめ) ぞ重き大阪市
務ぞ重き大阪市


「民のかまどに立つ煙」は一見、家々の竈の煙のようですが、
おそらく東洋一の商工地大阪にある工場の煙突の煙と思われます。

同じく旧制大阪高等商業学校(現大阪市立大学)の校歌『夕古城を仰ぎ見て』の
二番
2.棚引きのぼる煤煙は  空紫に立ちこめつ
 安治川口の帆ばしらは 水に林を見る如し
 進取に富めるこのながめ


にも煤煙ということばがでてきます。


商都、工都、東洋一、東洋のマンチェスター、大大阪などが
この頃の大阪を指すキーワードでしたが...

なんとまあ、変わってしまったことよ、と、思ったりします。
ちなみに大阪市歌は本日初めて目にしました。


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米子の煙突

米子の煙突

煙突、煙突っと思いながら、
仕事で松江まで行ってきました。

岡山駅から伯備線で、高梁川沿いにのぼり、
新見をすぎて、トンネルをぬけ分水嶺からは別の川沿いにくだります。
そのあたりには少し雪がのこっていました。

さらに走ると、雪をいただく伯耆大山が姿を表し...
ふだんなら、本を読むか、
パソコンを開くかですが、
seitaroさんからの一言で、
伯備線は振り子電車だと思い出し、自粛しました。
いままで、伯備線、紀勢線、中央線ではちょっと乗り物酔いの経験あります。

なので、自然と車窓の景色をみることになります。
すると米子で見えたのは工場の煙突と煙でした。

地図を検索すると、どうやら大王製紙みたいです。
って、あのエリエールしたっけ...。
製紙工場にも煙突あるのですね。

っと、思いました。


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灘浜の煙突

灘浜の煙突

煙突が気になるこのごろですが、
きょうは、松江に行くため、
朝、JRに三宮まで乗りました。

途中から、「あ。煙突」と思って見ておりましたところ、
JR六甲道駅前のビルの間から、ものすごく高く煙りをあげる一本とその周辺の小さないをみつけました。

すぐに、google mapで検索してみると、どうやら神戸製鋼のようでした。
それにしても煙突は減っていますし、
澄んだ青空、空気がよくなっているのでしょうね。




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Jazz Version, Chim Chim Cher-ee

Jazz Version, Chim Chim Cher-ee

笹舟倶楽部さんが Chim Chim Cher-eeについて

ルイアームストロングがチムチムチェリーをカバーしていると教えてくださったので、
youtubeで検索してみました。

するといくつか、ほかのアーティストjazz versionがあることがわかりました。
忘れる前にご紹介を。

★ディスニーをカバーという笹舟さんのおっしゃってるアルバムジャケットはこれかな?(写真を貼り付けました)
http://www.youtube.com/watch?v=OlOuongkcRo
このアルバムには It's a Small World もカバーされています。

★Duke Ellington - Chim Chim Cheree
http://www.youtube.com/watch?v=Tw85vTyo7cA&feature=related

★John Coltrane Chim Chim Cheree Half Note 1965 Part 1
http://www.youtube.com/watch?v=1_c0elc0dM8

ほかにもいろいろな人がやってます。
超メジャーのみ三つあげました。
後はみなさん探してみてください。

そうそう。Jazzとはいいきれませんが
サンタナのがあるってびっくり。

追記 笹舟倶楽部様
この記事 重すぎるのでしょうか。なぜかコメント書き込めません。
クレズマー音楽、って東欧系ユダヤ音楽? ドナドナなんかがそうらしいです。




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Chim Chim Cher-ee

Chim Chim Cher-ee

メリー・ポピンズは1964年に制作されたウォルトディズニーのミュージカル映画とあります。日本公開は翌年の12月18日だそうです。この映画、当時の大人に流行ったのかどうかはわかりませんが、私たちの間ではたいそう話題になり、最小限しか映画には連れていってくれなかった私の親も連れて行ってくれました。

なかでも一番記憶にのこっているのはチムチムニーチムチムニーチムチムチェリー♪
という歌でした。(実はSupercalifragilisticexpialidocious)もの方がすごく印象的だったのですが...ここではちょっとおいときす)

先日の煙突の歌、ぼくらのまちは川っぷちについて書いたブログに
いただいたseitaroさんの「暖炉の煙突はchimneyですが、メリーポピンズやチャールズディケンズの小説に出てくる煙突掃除人、産業革命時代のロンドンのお話も思い出します。 」コメントからロンドンの煙突を思い出しました。

映画はジュリーアンドリュースとディック・ヴァン・ダイク主演。
1910年のロンドンが舞台。
当時のロンドンといえば、産業革命に一番乗り、
日本に先んじた公害の街でした。

先月西宮流に出会う直前に一気によみきろうとしていたケイト・モートンの忘れられた花園も、19世紀末のロンドン下町の暖炉と煙突がお話にでてきました。

なぜロンドンの煙突が気になったかといいますと、実はロンドンの煙突を持っているからなのです。煙突については次回ご紹介することにして、きょうはとりあえず、メリーポピンズを思い出してくださいませ。(知らない方もyoutubeをごらんくださいまし)

http://www.youtube.com/watch?v=te_Nv3lMUnA

Bert:
Chim chim-in-ey, chim chim-in-ey
Chim chim cher-ee!
A sweep is as lucky, as lucky can be
Chim chim-in-ey, chim chim-in-ey
Chim chim cher-oo!
Good luck will rub off when I shakes 'ands with you

Or blow me a kiss and that's lucky too

Now, as the ladder of life 'as been strung
You might think a sweep's on the bottommost rung
Though I spends me time in the ashes and smoke
In this 'ole wide world there's no 'appier bloke

Chim chim-in-ey, chim chim-in-ey
Chim chim cher-ee!
A sweep is as lucky, as lucky can be
Chim chim-in-ey, chim chim-in-ey
Chim chim cher-oo!
Good luck will rub off when I shakes 'ands with you

All:
Chim chim-in-ey, chim chim-in-ey
Chim chim cher-ee!
A sweep is as lucky, as lucky can be
Chim chim-in-ey, chim chim-in-ey
Chim chim cher-oo!
Good luck will rub off when I shakes 'ands with you
(つづきますが画像の最終部分までとしました)

※添付写真は映画が上映された頃に買ってもらったメリーポピンズ(なぜかメアリー・ポピンズと発音していました)のランチボックスです。三宮のミッチャンでかってもらいました)







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尼崎の煙突

尼崎の煙突

煙もくもくなどといっているうちに、
煙突が気になりはじめ、少し検索して調べてみました。

すると、尼崎には思った通りたくさん煙突がありました。
阪神高速道路で大阪を往来する時見えていた高い煙突たちです。

いまでも健在なのは、旭ガラスの紅白煙突ぐらいしか確認できていませんが...。
でもこれも、数年前解体移動したことが尼崎の市会議員の方が書かれたブログでわか
りました。
http://ameblo.jp/ugokasu/entry-10189870473.html
※同じ煙突についてですが、いかにみすごしてしまうかは下のブログにも書いてあります。(だんじりの話もおもしろいです)
http://jf3mxu.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-ff87.html

そして、別の方が調べられ、
2009年4月 和鉄の道より転載とある 2月陽だまりハイク 工都 小間が先を支え
る「尼崎港閘門(尼ロック)」walk というPDFによれば
かつては住友金属鋼管製造所には三本煙突、
関西電力の第一から第三という三つの発電所には六本煙突があったこともわかります。添付した写真は六本煙突(昭和38年 大阪市のホームページから)
http://www.city.osaka.lg.jp/somu/page/0000003942.html

この関西電力の場所が昨今の輸出不振で廃止をとりざたされているパナソニックの工
場です。

http://www.infokkkna.com/ironroad/2009htm/2009walk/9walk01.pdf

http://www.infokkkna.com/ironroad/2009htm/iron5/0903amrk00.htm
※「和鉄の道」これはまたすごいブログです。後ほどゆっくり読んでみたいと思います。

西宮と夙川をほぼ毎日のように往復していますが、
朝は眠たい目をこすりつつ、夜はほぼ真っ暗なのと、
電車を使うとまわりの建物に妨げられて煙突がみえないので、
ふだんはあまり気にしていませんが、
尼崎の煙突はかなりなくなっているようです。

そういえば、昔は臭くてかなわなかった尼崎南東部の空気もすんでいます。

ちなみに尼崎と大阪市西淀川の第一次公害訴訟が主要企業と阪神高速道路公団に対し
て起きたのは昭和53年(1978)。
主要企業は合同製鉄、古河機械金属、中山鋼業、関西電力、旭硝子、関西熱化学、住
友金属工業、神戸製鋼所、大阪ガス、日本硝子などの10社だそうです。

最後まで阪神高速道路の訴訟がのこりましたが、この30年の間に、
公害施策が実り、確かに空気はみちがえるようにきれいになりました。


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西宮を中心に古書や古い新聞に書かれた記事をもとに阪神間の昔をたどったり、出典になった本や古書の紹介をしたり、備忘録的ではありますが、ぼちぼちと更新いたします。もちろん犬の話し、海外ミステリー、書画骨董、食べもの、ワインの話しなども、たまには織り交ぜて書きたいと思います。
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