犬と歩く夙川

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西宮のむかし話(書籍紹介)

『西宮のむかし話』という本が少し前に関西学院大学出版会からでています。森田雅也さんと生駒幸子さんという関西学院大学の日本文各研究者がまとめられています。西宮の昔話が再録されています。ほかにも兵庫県や西宮の昔話を再録した本が何冊かでています。この本の特色は、教育委員会などにより既に採譜されていた『ふるさとの昔話』の原文を用い、これを教材に歴史的・文学的に作品性を解明しようする試みとして、生涯学習や大学の授業のテキストとして開発されたところにあるようです。

再録してあるのは以下の話で、お話しが紹介された後、解題として、児童文学生成の視点から、そして文学生成の視点からという簡単な論考がつけられています。

昔話は、伝承文学であるため異本もたくさんあり、成立の背景など詳細なことが必ずしも現在では明確ではありません。この本は物語によって調査が十分にできていないものも含まれるかもしれませんが、単にストーリーを伝えるだけではなく、物語の生成の背景にある社会、時代性や宗教観など、原典にたちもどって考えることの手がかりを与えてくれる書物といえます。


鳴尾のカミナリさん/タヌキの仕返し/血を流した老ヶ石/こしき岩の怒り/犬塚/むすめの身代わり/船坂峠のひだる坊/ナスのたたり/犬のおつかい/武庫 川と猪名川/染殿の池/甲山とソラジン/黄金の仏さま/行基の鯉塚/独鈷の水/生瀬橋/鳴尾の一本松/白滝姫の涙水/琴鳴山/ムカデのおつかい/六石の渡 し/木元の火伏せ地蔵/佐七を助けた餅/鳴尾の義民/六甲山の天狗/山の井/悪代官と農民/紙すき弥右衛門/宮水の発見/越水城



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松若丸

神文書院というところからでている兵庫の伝説第二集というのがたまたま手元にあったので、ぱらぱらとめくっていました。摂津、淡路、播磨、丹波、但馬の話が書かれています。兵庫県はとても広いので伝わったお話しも多いことと思います。


そのなかに、「松若丸」の話があります。戦国時代の初期、瓦林城を拠点に活躍した河原林(瓦林)氏の一族で、越美羽に城を築いた政ョ(?-1520)の時代のことです。細川高国を奉じ、細川澄元らと争います。その一代記が「瓦林政ョ記(若松物語)」といい、群書類従、史跡総覧などで見る事ができます。この若松物語という名称のもとになったのが松若物語といわれています。


続群書類従第二十が手元にないので、国会図書館デジタル文庫にある史籍集覧第13冊 別記類 2(3 大正7) 115 瓦林政頼記1926近藤出版部)がありましたので、紹介しておきます。


昔語りになっていますが、どこまでそのお話しの記録を追うことができるのか、どこに記されているから伝わったのかと思っていますが、ここまでは辿れます。














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武庫山棡ヶ嶽

武庫山について調べていて、「棡(杠)」「楪( )」と「ゆずりは」という寺井泰明氏の桜美林大学から
出ている2014年の論文です。
これはダウンロードできました。(以下引用)

 「日本古典文学全集」の『枕草子』第十二段に、「峰はつるはの峰。あみだの峰」などとあり7、この「つるはの峰」について同書の頭注は「所在未詳」としているが、同時に三巻本、前田家本は、「つるはの峰」ではなくて「ゆ4 つるはのみね」であることを記した上で、「それなら兵庫県にあるという」と記している8。『倭訓栞』も、根拠は示さないながら、「ゆつりの葉の岳ハ攝津國武庫ノ郡にあり 枕草帋に見ゆ」などしている9。これらは現在の六甲山を指すと見られる。山麓の御影駅近くにある弓 つるは羽神社の社伝「弓弦羽神社の歴史」は、神功皇后の戦功や熊野大神との関係を記したあと、「神社背後の秀麗な峰を弓弦羽嶽と呼

び六甲山とも唱う」と記している10。ただし、この「秀麗な峰」が六甲山脈全体を指すのか、その中の一峰を指すのかは不明確である。また、謡曲「船弁慶」には、瀬戸内海を舟で行く義経一行に強風が襲いかかった時、弁慶がそれを「武庫山おろし譲ゆづり が岳だけより吹き下ろ

す嵐」と称している11。日本古典文学全集『謡曲集(2)』の頭注は、この「武庫山」を「六甲山の旧称」、「譲葉が岳」を「六甲山の支峰」としていが、この「支峰」も現在のどの峰に当たるのかは明示していない。

 一方、現在、六甲山脈東端の宝塚市に「譲葉山」と称する山があり、元禄十四年刊の岡田徯志撰『摂陽群談』巻第三「山の部、讓葉嶽」には、

 川邊郡小林村の後にあり、所傳云、此山嶽杜葉多く有て、元朝の飾り、市中に出して商之。淫雨洪水山を崩し、草木悉く土中に埋み、荒廢の嶽と成て、名のみ殘り〔下略〕とある12。「小林村」は現在の宝塚市の西南部にあたる地区の旧称である。「杜葉」は、後述するが「ゆづりは」と訓むと思われ、それが山の名になったとするのである。日本歴史地名大系『兵庫県の地名』もこれを引いて、「ゆづるはの峰」は「当地(小林村)の譲ゆずり山に比定される」としている13。『摂陽群談』には近辺に「讓葉窟」「讓葉瀧」などの記載も見え、「ゆずりは」が地名の由来となった可能性を感じさせる14


 読んでいてふと森狙仙のことを思い出しました。
以前に聞いた講座で狙仙が武庫山棡ヶ嶽の出身かもしれないといわれたことを思い出しました。

http://ci.nii.ac.jp/els/110009971653.pdf?id=ART0010522974&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1488599761&cp=





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武庫山の女仙

江戸時代、元禄五年(1692)に浅井了意によって書かれた書かれた怪奇小説

御伽婢子」の続編「狗張子」。そこに収められた「武庫山の女仙」は如意の尼にまつわる話のようです。面白そうなので、とりよせて読んでみることにしました。



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如意の尼

昨日から、甲山神呪寺と弘法大師、如意の尼と如意輪観音に思いを馳せていました。

虎関師錬の著である元亨釈書を信ずるならば、如意の尼は如意宝珠へ、そしてその出身地である丹後半島の伝説に繋がっていきます。

そして甲山は摩尼峰といったそうで、これも宝珠へと繋がります。

さらソラジンと弘法大師、淳和天皇を介して、神呪寺と鷲林寺、清荒神清澄寺が繋がっていくようです。

一方、廣田神社はより古い神功皇后伝説によるところの剣珠に繋がるといいます。
その行方も不思議です。

いずれも古代の宝珠へと繋がるようです。

そのため様々な伝承が伝承をよんだようで、いささか怪しげ名説も含めていろいろなことが語られ、さらに六甲山の巨石信仰がからまっています。甲山は古代には霊山だったのでしょうか。

検索していて面白いページをみつけました。


どこまで何を信じるかは別として、甲山はなんとロマンのある山なのでしょうか。


如意の尼と弁財天と水と弘法大師も繋がる…と、思っていたらこの雨です。


ところで、さきほど神呪寺に電話したところ、あちらの八十八ヶ所の冊子も完売とのこと。どちらかでコピーさせていただくことにしましょう。




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冊子完売ですか。それは残念ですね。
紹介のページ覘きにいきました。ありがとうございます

[ さとっさん ] 2014/03/30 14:51:35 [ 削除 ] [ 通報 ]

さとっさん 元亨釈書の記述は浦島伝説とも関係していて以前に読んだことがあります。なかなかミステリアスです。

[ ふく ] 2014/03/30 15:27:04 [ 削除 ] [ 通報 ]

最近弁天さんとか庚申さんとかお地蔵さんとか民間信仰の本ばかり読んでます。如意尼、瀬織津姫、弁財天、市杵嶋姫命ときて、ようやく神呪町に厳島神社が鎮座していることに得心がいきました。かといって瀬織津姫=市杵嶋姫命ってわけじゃなく。
しかし山と水は正反対のもののようで密接に繋がってますので、信仰となるとどんどん習合してゆきます。ダキニ天と弁天が習合するとお稲荷さんも出てくるので、もう分類は無理じゃないかと最近あきらめています。
ご自宅が水害にあわれたご様子、お見舞い申し上げます。大変でしたね(汗)。
瓦林の厳島神社は、水神さま信仰なんでしょうねぇ。水難もありお忙しいこととは思いますが、白山信仰についてのお話も期待いたしております。

[ 凛太郎 ] 2014/03/30 15:58:27 [ 削除 ] [ 通報 ]

凛太郎さん ありがとうございます。白山信仰までたどりつけるのでしょうか。古代史と中近世宗教史は凡庸な頭ではなかなか理解できないので、パスしてきたのですが、地元という特定の場所と向き合うと、いままで素通りしたものが妙に気になります。かつてはいろいろな神様や仏様のことが、ここに住んでいる人の日常に深く入り込んでいたのだろうな…と思っています。西宮の神仏については、神社関係の書かれたものが多くのこっています。同じテキストを使って、信仰とは離れたところから、より客観的な視点で見るとどうなるのか興味のあるところです。ただ、こういう話しは軽々に書けないのが困ったところです。

[ ふく ] 2014/03/31 9:30:26 [ 削除 ] [ 通報 ]

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白山姫神社 小曽根

小曽根にある白山姫神社に行きました。




昭和43年に建てられた本殿です。あまりきょろきょろしてもと思いましたが、

内部はこのブログに紹介されています。

http://blogs.yahoo.co.jp/dekunobou36/42070683.html



こちらは白山神社をお祀りするにあたって勧請された火の神様愛宕大神だそうです。


そしてこちらは白龍大神、この榎木に住んでおられたそうで、言い伝えがあるようです。


神社を出て、武庫川方向を見たところです。比較的広い道です。


西を見たところです。


少し南に下ると、旧国道との交差点の向こう側に岡太神社が見えます。

この神社以前から訪ねたいのですが、回りの道は細そうで路上駐車はしたくないし、駐車場があるのかないのかわからず行ったことがありません。



小曽根の白山姫神社についてはその歴史があまりよくわかっていません。

兵庫県神社庁のホームページには以下のようにありました。

「創立年代不詳なれど、社蔵記又口伝に依りますと正親町天皇の御代室町時代に石川県加賀国白山比盗_社より勧請されたと言われ、御祭神は菊理姫尊であります。」
とあります。

かつては、旧国道が大阪と西宮を結ぶ幹線、いわゆる中国街道です。岡太神社はまさに西宮に向かう街道沿いに位置しています。小曽根はもう少し北になります。神社は他の白山系神社とは違い、六甲山の方向ではなく北を向いてたっています。その拝殿の方角は日本海。白山であれば北東ですが、これも違います。このお社は正親町天皇の時代に建てられたとあります。
白山信仰はこの時代どのように転回いたのでしょうか。
白山の神様は竜神様、水を司るとありますが、雨乞いではなく、水害封じでしょうか。

また白山信仰は明治になって神仏分離で、整理されてしまいますが、その影響がここにも及んだのでしょうか。

改修前の武庫川の地図を見ていますと、申川との三角州になります。
おそらく水害も多かったと思われます。
文書などがないのはそのせいでしょうか。

小曽根、小松につきましては、明治になって鳴尾村に併合され、さらに戦後鳴尾村が西宮市に併合されています。西宮市が公開している資料のなかに言及する部分が少ないように思います。

いまのところ、五里霧中ですが、とりあえず書き留めておくことにしました。

以前は小曽根線周辺はカレーの貧頭、焼肉のソウル、日曜の犬の躾教室でたまに行くことがありましたが、このところあまり行きません。久しぶりに通ると小曽根線の雰囲気ががらっとかわっていて、二号線の交差点を見落として、甲子園口方向へ直進してしまい、山手幹線に出てしまいました。もちろん震災で大きく変わったのでしょうが、それ以上に、この10年で、住宅が増えましたね…。



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私の地元のすぐそばです。子供の頃このあたりにヒラオカ君という同級生が住んでいました。白山姫神社は南向き、つまり岡太神社のある方向に向けて建っております。
震災の頃までは高層建築は現在のコープ西宮東店のある場所に何棟も連なっていた東洋紡の社宅まででした。
白山姫神社以北の小曽根地区は道が細く、初めて車で通過するときは少々ヒヤヒヤするレベルでしょう。
貧頭をご存知とは意外でした。
以前私もブログに書きましたが、小曽根線のこの近辺にはかなり近年まで見事に施設や店舗が少なくのっぺりしていましたね。
実家から徒歩圏のことなのでまさに地元みたいなものです。
取り上げて下さってありがとうございました。

[ せいさん ] 2014/01/22 13:37:41 [ 削除 ] [ 通報 ]

白山姫神社はわかりにくいですね。小曽根だと水関係とは思うのですが。岡太神社の白山さんは「歯神さん」ですからなおさら面白い。
僕のブログですと、岡太神社はえびすさんに継ぐ登場頻度です。面白いものがいっぱい。ぜひじっくりお参りされて下さいな。
僕のように自転車操業ならどこへ行くのも容易いのですが、自動車はたいへんです。岡太神社には西側に駐車場はあったと思うのですが、参拝者用か月極なのか確認してません(汗)。

[ 凛太郎 ] 2014/01/23 6:39:11 [ 削除 ] [ 通報 ]

ズルいことですが、すぐ近所のコープ西宮東店の地下駐車場に
車を止めれば歩いてもしれてますよ。
駐車券取るとかの手間もなく、入って出るだけですみます。

[ せいさん ] 2014/01/24 19:18:53 [ 削除 ] [ 通報 ]

せいさん 岡太神社の前の道を北にいくと、左側に小学校がありましたが、あそこがせいさんの母校かな?っと思って通りました。古くから開けた場所のようですので、道が細いのでしょうね。貧頭は大昔にカレー食べに何度か行きました。お買い物したあとにお参りはよいかもしれません。最近コープはタイムズが導入されているところが多いですが、こちらはどうでしょう。行って見ます。

[ ふく ] 2014/01/27 13:42:49 [ 削除 ] [ 通報 ]

凛太郎さん 岡太神社ますます行きたくなりました。途中まで車でいって途中から自転車も考えないと、道が細すぎて車では古い町は訪ねにくいです。海の近くは電車となると今津経由になり、大阪に出るより気分的に遠いのでどうしても車になります…。バスは往路と復路のコースが違って、復路のバス停がニテコ池の向こう側になり暗くなると利用しずらいです。

[ ふく ] 2014/01/27 13:47:55 [ 削除 ] [ 通報 ]

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六甲山神社メモ

@以下が西宮市郷土資料館の「西宮の山岳信仰」に書かれた六甲山神社の話しです。

六甲山に「石宝殿」といわれる祠がある。
「石宝殿」は慶長十八年(1613)の銘文がある。
広田神社の境外末社に「六甲山神社」がある。
六甲修験道の鷲林寺に続く行場になっている。
近世以降、石宝殿、六甲山神社では雨乞い祈祷が行われた。(西宮神社古文書)
「不動の滝」で九月末に不動祭がある。
鳥居茶屋は修験の籠もり堂だった。

A次はネットから拾った記事です。
その「石の宝殿」「六甲山神社」は「白山神社」「白山の宮」とも呼ばれている。
白山修験道が広がり、六甲山自体が修験の霊場となった。
加賀白山の分宮か。
広田神社の末社となった。
菊理媛命(くくりひめのみこと)を祀る。
石宝殿は越木岩神社の氏子が建立。

このブログには以下のようにありました。
「越木岩神社境内社、六甲山社(菊理姫大命)、西宮神社境内社、六甲山神社(菊理姫命)があり、共に参拝するとその方向が石の宝殿に向かっているようにおもわれます。」

住所は西宮市山口町大袋(越水字社家郷山一番地)

B以下はwikiです。

六甲山神社(むこやまじんじゃ)
加賀の白山比盗_社と同じ菊理媛命を祭る。
石宝殿には六甲山大権言がまつられる。→これが本来の祭神ではないか。
「広西両宮絵図」に西宮鎮守と書かれている。
六甲山はかつて広田神社の社領だった。
六甲山はかつて向津峰と呼ばれた。広田神社の祭神は撞賢木巌魂天疎向津媛命であり、その奥宮だった。

神功皇后伝説 石を埋めた。黄金の鶏を埋めた
六甲山には山伏・天狗の伝説が多い。
山中に88の社があった。
中世の白山修験の山伏が開いた霊山
社殿に白山の古文書が伝えられる。

田辺真人『神戸市の伝説 新版』
中世には白山修験の霊場となった。
山稼ぎに入った六甲東麓の社家郷の人が中世末に霊場をみつけ、氏神である西宮神社の末社としたのではないか。
寛政元年(1789)遠すぎるとのことで西宮神社に勧請し、境内摂社六甲山神社として祀る。
雨乞・水商売の神様。

もう少し気温があがるまでは、六甲山頂には行けません。
とりあえず、まずネットに見える記述をまとめました。
時間のあるときに、次は書籍をあたってみることにします。


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阪神間の伝承 不思議 | コメント( 4 )

ご存知かもしれませんが、六甲山の古代の遺跡、磐盤(いわくら)を調べておられる古代遺跡研究所所が西宮にあります。ご参考ください。
http://www15.ocn.ne.jp/~kodaiisk/

[ だんご ] 2014/01/22 12:44:09 [ 削除 ] [ 通報 ]

だんごさん ありがとうございます。後ほどゆっくり読ませていただくことにします。六甲山の巨石の保存。いくつかはきっと大阪城の石垣になっているのかもしれませんね。

[ ふく ] 2014/01/22 13:13:10 [ 削除 ] [ 通報 ]

ふくさん、こんばんは。
ちょっとだけ修正のご指摘を。
5座ではなくて、2座ですね。
越木岩神社の六甲山社 ご祭神 菊理姫大命
西宮神社の六甲山神社 ご祭神 菊理姫命
元のページが句読点がややこしくなっています。

いろいろ検索すると、だんごさん紹介のページも含め、六甲山の古代遺跡はとても興味深いです。
西宮聖地巡礼が終わったら、六甲山聖地巡礼なのかもしれません。
石の宝殿が雨の神様なのは分水嶺だからです。
以前読んだ本では3つに分かれると分水嶺と記憶しています。
頂上に降った雨は、仁川、芦屋川、住吉川等へ(wikipedia)と分かれていきます。

[ もしもし ] 2014/01/22 20:45:24 [ 削除 ] [ 通報 ]

僕は以前、慶長十八年の銘文が見たくてこちらにお邪魔したのですが、宝殿には近づくことができなくなっていましてすごすごと山を降りました(笑)。

[ 凛太郎 ] 2014/01/23 6:36:22 [ 削除 ] [ 通報 ]

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西宮を中心に古書や古い新聞に書かれた記事をもとに阪神間の昔をたどったり、出典になった本や古書の紹介をしたり、備忘録的ではありますが、ぼちぼちと更新いたします。もちろん犬の話し、海外ミステリー、書画骨董、食べもの、ワインの話しなども、たまには織り交ぜて書きたいと思います。
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