犬と歩く夙川

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擁壁の町

新聞小説は余り読まないので、昨日気づきましたが、貴志祐介さんの新聞小説擁壁の町、阪神間の高台の擁壁のある町、高第園といえば…、と少しだけながめていて、西宮だと気づきました。

日本経済新聞、夕刊に昨年10月から貴志祐介さんの小説が連載されています。
http://www.nikkei.com/topic/20141007.html

阪神間の高台の閑静な住宅地に、新興宗教の教団がやってきて、住民たちが苦闘する様子を描いているそうです。半年たちますので、なかなか今から読むんでもわかりません。いずれ単行本になるのを待つことにしますが、ご興味のおありのかたはごらんになってはいかがでしょうか。




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西宮を書いた小説・随筆・紀行 | コメント( 1 )

単行本になるのを楽しみに待ちます。

[ seitaro ] 2015/03/27 12:53:42 [ 削除 ] [ 通報 ]

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ニテコ池の不思議

Facebookにある西宮のひみつ&不思議、以前のmixiのコミュニティーや西宮スタイルのような感じで楽しく盛り上がっています。

そこで、出て来たニテコ池、かつて心中の名所であったこと、リチャード・ゴードンスミスの日記の話などに出会ったことなど思い出しておりました。

昔から夏の夜半ニテコ池の横を通りますと牛蛙の声がしてなんとなく生暖か温かく不気味なのでした。

火垂の墓のアニメが流行った後、防空壕で野坂の妹さんが亡くなったからなのかと思っていましたが、実際に妹さんが亡くなったのは福井だと教えていただきました。

犬の散歩でお知り合いになった少し東に住んでおられる方から昔心中があったと聞いたことがあるとのこと。なぞはひょんなことから解けました。

今から七年前、2007年mixiの友人だったNさんから、笹舟倶楽部さんがmixiのコミュニティーにある記事を載せておられるというのです。その頃、笹舟倶楽部さんという妖しいお店の存在を知ったわけですが…

その時の日記がこの記事です。




家のすぐ近所にニテコ池という変わった名前の池があります。 


野坂昭如の『蛍の墓』という小説をよまれた方、あるいはアニメでごらんに成った方。少年の妹が池の畔で亡くなる、最後の場面を覚えておられますでしょうか。あのモデルになった池です。 


三つの池がならんでいて、浄水池として使われています。 池の北側は、このあたりでも最も大きな墓地。 東側は水道施設と、戦災供養塔、震災公園などがあります。 そして西側には松下幸之助一族の邸宅が広がっています。 


風光明媚なところです。 その池の南西角に「法界供養塔」という名の石柱がああります。 明治20年代に建てられた塔で、施主の名として、この周辺の有力者と、僧侶の名前が刻まれており、お花が供えられています。 


以前から、この塔の前を通るのが気持ち悪いという人がいます。 このあたりは大正時代に開けた住宅地なので、 古くから住んでいる人は意外に少なく、 せいぜい三代目ぐらいの代にあたる転入者が多い場所です。 


ということで、この塔の由来、殆どだれも知りませんでした。 一人だけ、「心中があったらしいよ」、といった人がいましたが、詳しいことは知らないそうで。。。 

現在はとても心中できそうな場所ではないので、 「嘘〜」っと軽くながしていたのですが。。。 マイミクのノルバスクさんの日記にその塔のことを書き込みましたところ、ノルバスクさんがその塔にまつわる伝説をつきとめてくださいました。 


ご近所の方で、こんなもの読んだら、二度とこの道通れない。。。と、思われる方は読んじゃだめですよ〜。。。 一応下にリンク貼ります。 


http://www.geocities.jp/nachtmahr_3rd/F-tales/niteko.html 


もうすぐ、桜が満開になると、お花見の人も増えますし、 この塔の前に夜間車を駐める怪しい男女もいたり。。。 大金持ちのお宅が前にあったり。。。 

きっと、みなさんご存知ないのです。。。 


ちなみに、同じ池の北東には有名な心霊スポットだった 手ふり地蔵がありましたが。。。(もうないという噂もあります。) 


以下写真は、上のサイトにある『ゴードンスミスのニッポン仰天日記』(小学館...たまたま、持ってたので)の1904122日部分に掲載されている挿図です。 









明治の西宮
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西宮を書いた小説・随筆・紀行 | コメント( 0 )
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百物語

くだん=うしおんな

牛女の伝説が西宮にあったという話。意外と奥が深いのかもしれません。

小松左京の「くだんのはは」もその話に取材したといいますが…

いったいいつ頃、その話が生まれたのでしょう。

顔が牛の女性。

身体が牛の化け物…

二つの話が混在しており、

小松左京の話は、戦中戦後の都市伝説を題材にして、

それを九段の母とかけたというところなのだと思いますが…

鷲林寺とソランジンの話までからむと書いているものもあります。

茶化して、神戸牛との関係を書く物もあり…

おりにふれ、ご紹介したいと思います。


でもそういえば、「牛女」「口さけ女」「蛇女」「は耳慣れています。

「猫女」とはいわず「猫目の少女」とか「猫化け」

「犬女」「熊女」「兎女」「象女」「虎女」「蜥蜴女」...ほかはあまり聞いたこと

ありません。

「口さけ女」は一世を風靡しましたし、「蛇女」「雪女」はわりとポピュラー。

でも、牛女ってどこで聞いたのだろう。なんか昔から聞いたことあるようなあ…

と、思うと不思議です。


取材して書いたという関西版百物語の一つ新耳袋

この本は、職場の仏教美術の専門家から紹介されて読んだような記憶があります。

四天王寺がらみだったのか。

牛女って知ってる?からはじまったのか。

交通事故がよく起こる芦屋の公衆電話の話だったか…

思い出せません。

やめとこうかなと思いますが、

杉浦日向子さんの百物語、宮部みゆきさんの三島屋変調百物語事、そし現代百物語

新耳袋を思わず探して、ならべてみました。



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西宮を書いた小説・随筆・紀行 | コメント( 13 )

ふくさん、こんばんは。
百物語に小説家や漫画家がチャレンジするのは、大変なことなのだと思います。100の物語、手を抜くことができないから。杉浦さんの作品も、話もですが、漫画としての手法を駆使して素晴らしい展開で飽きさせません。宮部さんのは、読んでみたいとと思っていたので、この夏の納涼に。

[ もしもし ] 2014/06/06 20:59:14 [ 削除 ] [ 通報 ]

え〜、知り合いに居ます牛女
「も〜!」「も〜!」しょっちゅう言ってます。

[ 笹舟倶楽部 ] 2014/06/06 21:31:57 [ 削除 ] [ 通報 ]

本日西宮市立図書館で新耳袋現代百物語第一夜借りてまいりました。くだんに関する四つの話と小松左京のくだんのははを読み比べてみます。

[ seitaro ] 2014/06/06 21:51:21 [ 削除 ] [ 通報 ]

本の内容とは関係無いかも知れません。牛女と書かれていてビックリしました。
私が高2の時、阪神武庫川に住む同級生の家がテキヤをしていて、西宮エビスの屋台でアルバイトした時です。
隣に「牛女」の見せ物小屋がありました。親方が行けと言うので見に行きました。
普通の女性が着物姿でリンゴ箱に座っていました。
どこが牛女だと見ていると、足先が牛のようになっていました。
翌年も同じ小屋が来ていました。
50年前の事を鮮明に覚えています。
とんでもない事を書いたかも知れません。

[ さとっさん ] 2014/06/07 1:04:23 [ 削除 ] [ 通報 ]

すみません。場所を間違えていました。
生田神社の初詣の時でした。何も考えず昔の思い出を書いてしまいました。

[ さとっさん ] 2014/06/07 1:23:10 [ 削除 ] [ 通報 ]

牛女からは少し離れますが、
満池谷の手鞠地蔵はどこへ行ったのでしょうね?

[ やじきた ] 2014/06/07 8:15:25 [ 削除 ] [ 通報 ]

もしもしさん 杉浦さん分厚い本でびっくりしました。読み始めるのは夏かな…と、漠然と思っています。新耳袋は気持ちが悪いので人に貸したままというのは私もだったような気がします、

[ ふく ] 2014/06/07 9:57:16 [ 削除 ] [ 通報 ]

笹舟倶楽部さん Numaさんの世界ですね…(T_T)

[ ふく ] 2014/06/07 9:58:12 [ 削除 ] [ 通報 ]

seitaroさん 文学鑑賞するというものでもないと思いますが…、各地にもっともっといろんな話があるようです。おいおいご紹介します。

[ ふく ] 2014/06/07 9:59:31 [ 削除 ] [ 通報 ]

さとっさん お祭りの屋台のバイト、当時は今とは売ってるものも違ったような記憶があります...。えべっさん、今はもう昔はよくいっておりました。見世物は独特の口上でした。最後に前を通ったのは30年ぐらい前かもしれません。ポンプ男とか蛇女とかで、牛女は覚えていません。生田さんはあまり行きませんでしたが、見世物は別の神社でも同じ小屋がまわっていたようなおぼろげな記憶があります。

[ ふく ] 2014/06/07 10:09:22 [ 削除 ] [ 通報 ]

やじきたさん 手ふり地蔵はありますが、誰もあれを怖がらなくなりました。神戸海星女子学院のマリア像のむきがかわるとか、関学の時計台の話とか、甲子園口のトンネルの話、鷲林寺の岩、芦有道路の話とかいろいろありましたが、時代によって流行があるみたいですね。

[ ふく ] 2014/06/07 10:12:57 [ 削除 ] [ 通報 ]

盛りあがってますね。

[ Numa ] 2014/06/07 11:45:20 [ 削除 ] [ 通報 ]

Numaさん もー。モーりあがってます。

[ ふく ] 2014/06/07 13:45:16 [ 削除 ] [ 通報 ]

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筒本清五郎

昨日、さがしものをしていてたまたま手元にあった「西宮人志略傳」というコピー。
筒本清五郎筆とありますので、手書きだと思われます。
西宮市立図書館の蔵書です。

筒本清五郎で検索しますと、「筒屋一統霊名書」、「西宮珍碑録」、「西宮墓碑集 原稿書」、「西宮金石銘鑑」、「武庫史料・群書抜粋 上下」が同氏の編で、また「尼崎領その他村々書上帳写 延享三年」同氏の筆者本で架蔵されているようです。


西宮市の史料は一部デジタル化されており、「西宮人志略伝」と青字で書いた三刷がデジタル化されています。このデジタル化史料のよい点は一度にコピーが頼めることです。そうでなければ、確か著作権の関係で半分ずつしかできないので、二度以上通わなければならなくなります。

筒本氏については今のところ全くどういう方が調べていませんが、いずれも1920年代前半つまり大正の後半の仕事です。

さて、どんなことが書かれているのでしょう。

西宮市の碑・墓誌・金石などについては、田岡先生をはじめ、既にいろいろな方が研究されているようです。

筒本氏の書かれたもの、碑や墓誌、金石なども旧西宮町の墓の大移動がはじまる前のことと思われます。さてどんな史料なのか、ちょっと気になります。

「西宮人志略傳」はこんな感じです。


筒本清五郎さんの著作の一番上に「筒屋一統霊名書」があります。

筒屋さんが筒本さんなのでしょうか。

筒屋は江戸期に西宮にあった造酒屋です。


現在は活字史料にしかあたっていませんが、

時間ができたら、このあたりの編纂され活字で出版された本のもとになっている、中間の史料と筆者のもとになった原文書が何かを調べてみたいと思いますが…、しばらくは無理かと思います。



満池谷墓地の南側から入って西側にある當舎家の墓所の写真です。古い墓石がたくさんあります。





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西宮を書いた小説・随筆・紀行 | コメント( 5 )

ご教示本当にありがとうございます。
ただ、活字なら読めると思うんですが、人士略伝は手書きなのでどうでしょうか(汗)。
西宮町誌には様々な名士の履歴が記載されていて墓所が書かれているものもあり有難いのですが、町誌より少し出版が古い。ネタ本になっている可能性もあります。
西宮町の墓というのは、どう移動したのかが本当にわかりにくいんです。江戸時代の寺院墓地といくつかの野墓(西墓や小墓)の時代から明治大正の六湛寺時代、昭和の満池谷時代と。
同時に寺社の移転合併も調べてるんですが、そういうものの手がかりもありそうです。ともかく、閲覧してみたいと思います。読めるかな(汗)。ありがとうございました。

[ 凛太郎 ] 2014/04/30 6:28:11 [ 削除 ] [ 通報 ]

凛太郎さん 予測できる内容なのでだいたい読めると思います。これだけ都市化が激しく、中心地が戦災でやられていると、なかなか墓を調べるのは難しいかと思います。自分の周りだけをみていても、古い墓石を一緒に移転して今も設置されている例は稀かと。我が家も戦災はなんとか持ちこたえたものの、震災で倒れて割れたりしたものは残念ですが撤去しました。調べておりませんが、筒本さんは江戸期の造酒屋、筒屋さんの末裔かもしれません。

[ ふく ] 2014/05/01 8:40:50 [ 削除 ] [ 通報 ]

upしていただいて恐縮です。助かります。これならなんとか読めそうな。
当舎屋金兵衛さんのお墓が海清寺だというのは、西宮町誌にも確か記載がありました。町誌のネタ本か、あるいは筒本氏が町誌編纂に関わられていたのかもしれません。お墓は吉井良尚氏も調査されていたと思いますので違うかもしれませんが。
前に郷土史サイトを書いていた頃、3、4年前くらいに金兵衛さんのお墓がないかと海清寺に行ったのですが見つけられず。歴代住職の墓石以外はみんな新しいものだったと思います。
金兵衛さんほどの有名人のお墓が失われるとは思えず、やはり満池谷へ行ったのか…と思いますが探せていません。勝部家や飯田家の南、宮司家の吉井氏の墓所の近くに当舎屋墓所があったのですが、金兵衛さんの名前が見つかりません。もう一度見てみようと思うのですが、山下忠男先生らも調査されているので存在すればどこかに書かれていると思うんです。うーん。ただ松井了観という名をどこかで見たことがあるような…。
ありがとうございました。とにかく時間を作って閲覧したいと思います。
関係ない話で恐縮ですが、藤田卯三郎氏もやはり酒造家の系列の方でしょうか。本町のえびすさんのお輿屋の碑のところに手水鉢があって、それに藤田氏と縁がありそうなお名前が刻まれてまして。江戸時代にはあの御旅所の前身は別のものだったということを今ぼんやり考えているのですが、手がかりがなくて。

[ 凛太郎 ] 2014/05/02 5:57:23 [ 削除 ] [ 通報 ]

当舎屋さんの墓地の写真が手元にあったので追加しておきました。藤田さんも古い酒屋さんです。当代が西宮の酒造についてもかなり調べておられます。西宮神社の狛犬の寄進者のお一人でもあるといっておられました。詳しくは後ほど。

[ ふく ] 2014/05/02 7:41:31 [ 削除 ] [ 通報 ]

ありがとうございました。ふくさん更新が早すぎて多すぎて過去記事が掘り起こせません(笑)。
今日一時間ほどしか居られませんでしたが図書館で筒本清五郎氏関連のものを閲覧しました。毛筆書以外は、原稿用紙に書かれた手書きのものです。ほぼ、大正末年刊行の西宮町誌編纂への資料提供の原稿のようでした。したがい主たる部分はそのまま、もしくは編集されて町誌に掲載されています。金石資料と人物、旧家解説の部分などはかなり筒本さんの調査に依存していて、町誌序文で紅野町長が感謝の意を表明してます。
原稿は読みやすく、さらっとしか見ていませんがなかなか興味深い記述もありました。いずれ、ちゃんと読みたいと思います。
あとごめんなさい。お輿屋の刻文は「藤井卯三…」でした。すみません。藤田卯三郎氏のことは自己解決しました。何代か前の藤田源ニ郎氏を緒方洪庵との絡みと道標の銘文で記事に書いたことがありました(汗)。「猿若」の蔵元さんですね。

[ 凛太郎 ] 2014/05/03 18:44:05 [ 削除 ] [ 通報 ]

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甲山、神呪寺が登場する

神呪寺ノ観音像ハ如意宝珠ヲ持タズ、郷土史ニ見ル、百八ノ魔物、大師廟ニアリ、仏道信ジザル者ヲ霧ニ捕ヘ食スルト。我、陸軍機密部隊トトモニ大師廟ヲ調査スルモ、先発隊帰還セズ。指揮官タダチニ調査中止ヲ命ズ也。

こんなえたいのしれない文言を引用すると、何かと思われると思いますが、「太古の血脈」という伝奇小説の一節です。伝奇小説は過去に半村良をはじめ、たくさん読みました。荒唐無稽ではあるのですが、何らかの神話や伝説、古代史な基盤にあります。そして、アクションものになると、フリーメーソンなどの結社や十字軍、ナチスの残党なども登場してきます。

かつて松本清張は飛鳥の石彫と景教の話を、高木彬光ジンギスカンと牛若丸が同一だとかなど、歴史ロマンというのでしょうかを書いてたりしています。

海外のものですと、失われたアークだとか、ダビンチコードなどもそうです。

ここからがフィクションですよ、というところのラインがはっきりわかるのならば、古い文書などを面白く読み解いてくれてますので、退屈な学術的とは違いぐんぐん読み進んでいきます。


冒頭に引用した、『太古の血脈』藤木稟著には甲山が登場します。先日神呪寺の創設にかかわる弘法大師と如意の尼の話から、山に埋められた神功皇后の宝珠の話まで… 、甲山はなかなか魅力的な伝承を含む山なのでしょう。空海の時代、戦前、そして現在の神呪寺について書かれています。

内容を書いてしまいますと、一種のミステリーですので、面白くなくなりますので、書きたくてたまらないのですが、ここでは書きませんので、興味のあるかたはお読みください。分厚いですが、あっというまに読めてしまいます。ただし荒唐無稽な部分も多々あるので、疲れてしまいそうな方はやめておかれた方がよいと思われます。


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西宮を書いた小説・随筆・紀行 | コメント( 0 )
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西宮を中心に古書や古い新聞に書かれた記事をもとに阪神間の昔をたどったり、出典になった本や古書の紹介をしたり、備忘録的ではありますが、ぼちぼちと更新いたします。もちろん犬の話し、海外ミステリー、書画骨董、食べもの、ワインの話しなども、たまには織り交ぜて書きたいと思います。
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