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越木岩神社が大国主西神社

大国主西神社は延喜式神名帳に「摂津菟原郡」にあると記される古い神社です。

あ西宮神社の境内に同名の神社があり、もともと西宮神社の地には大国主西神社があり、その後恵比寿信仰が盛んになり現在の西宮神社ができたとする説があります。一方磐座をまつる古い形式の越木岩神社が、大国主をまつる神社に共通するとして、近年越木岩神社こそが大国主西神社ではなかったかといわれてもいます。

最近島根県のお仕事をするようになり、出雲と鉄と大国主の関係を知るようになりました。そしてたまたま村井康彦先生の「出雲と大和」を読んでいると、そこには見m和山の磐座と大国主の関係が記されていました。大国主をまつるところには巨石が多く、また鉄に関わる古代の遺跡が多いといわれているようです。

そんなことで、六甲山の巨石に思いをはせつつ検索していると、越木岩神社が大国主西神社であるという論を展開されている先生の講座がpodcastにあったのです。

磐座の話というのは、信仰に傾倒しすぎた眉唾なものも多いので、慎重に聞かなくてはなりませんが、保立道久先生は、東大史料編纂所におられた研究者ですので、安心して聞くことができました。その全文は先生の頁でも読むことができます。先生の説は地震と大国主の関係から展開されています。

『日本書紀』によれば、推古天皇の時代、五九九年大地震にみまわれ、この時に地震の神、都である飛鳥から見て東西南北に地震の神である大国主をまつったというのです。そして大国主西にあたるものが延喜式の記された平安時代までは鵜原郡に存在していたわけです。

その後、その神社がどうなったのでしょう。大国主と地震の関係は忘れ去られたのでしょうか。先生の少し前の別の講座が同じく兵庫県の高齢者大学で行われていたのですが、そこでは八六八年に山崎断層で発生した地震についてお話になっており、六甲山が揺れ、それを鎮めるためにの祈祷の文書が広田と生田社に残っているとあります。

その後大きな地震がなかったからでしょうか。四方をまもった大国主神社と地震を現す痕跡はどうなったのでしょう。

先生の論文がまだ発表されていませんが、越木岩神社の磐座や境内についてはしっかりと調査される必要があるかもしれません。心強い先生がついてくださってよかったと思います。







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