西宮聖地巡礼

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濱戎さまを巡る小さな旅 2 鳴尾の元戎さま

前回の続きです。

まずは文献から

鳴尾の一本松とエビス神の伝説について(下)より引用
「この鳴尾には元えびすの祠が2か所ある。その1つは中津で現在の砂浜公園にある。もとは中津の村のはずれにあったという。」

ということで、臨港線を東に、中津浜線を南に曲がって、南甲子園の砂浜公園へ。
何かお祀りしていた痕跡でもないかな?


と思いましたが、新しい公園。祠の跡らしき所は見あたりません。祝日の午後ですが、誰もいませんでした。
たぶん、北のマンションの建設に伴う甲子園素戔嗚神社への遷座だったのでしょう。

臨港線をさらに東へ、武庫女が幅を利かせているララポートの南の裏道うろうろしながら鳴尾の関西スーパーを目指します。
凛太郎さんに教えてもらった元戎さまのお社です。


並木道がきれいです。



ありました。元戎のお社。あらっ、この前紹介した古川町のお地蔵さんのすぐそば。気が付かなかったなぁ・・・。

時々、お家の中にあるお社は見つけるんですけどね。


図録PDF(10.9MB) - 西宮市より引用

「昔は、エビス講の旗やエビス様が書かれた掛け軸もあり、エビス講の当日には掛け軸の前にお供えものを置いていた。エビスさんは小さい祠で祀られており、今は関西スーパーの前にある。昔はスーパーの所に漁業組合の加工場があり、組合が解散したときに「自分が祀りたい」と言う人がいたので、その人がお世話をしている。組合が合併してからはエビス講はしていない。」



さて、次は鳴尾支所へいってみましょう。


鳴尾の一本松とエビス神の伝説について(下)より引用

「もう1つは鳴尾支所東側にある榎の木の所にえびす神を祀る祠があった。現在、榎の木の所にあった祠はなくなっている。」


途中、いろいろ寄り道しながら・・・。(鳴尾ワンダーランドで紹介します。)



鳴尾支所東側・・・。

ちょっとまわりをうろうろしてみましたが、榎がありません。東側には西方寺さんだし。

西には楠がありますが・・・。


ここで酒蔵通りを西に向かいます。

きょうの甲子園球場はファン感謝デーが終わったタイミングだったのかすごい人でした。

甲子園素戔嗚神社もその観客と七五三のお参りの方で賑わっていました。



砂浜公園から来られた、戎神社です。(写真右側)



ちょっと気になったのは、境内を駐車場にしたり、このように七五三のお土産のおもちゃを本殿に飾ったりして商業的な側面が見えたことですね。



鳴尾の3か所の「元戎」さまを巡る旅はここで終わりですが、やっぱり西宮神社でしめないと。

陽が雲に隠れて寒くなってきたので、酒蔵通りを西へ飛ばします。


西宮神社の前に、押さえておかなきゃならないポイントがありました。

43号線と札場筋の交差点、「蛭児大神御輿屋伝説地」。

西宮に流れ着いて西に向かう恵比寿様がお休みになられたという伝説の地。

石碑がたっています。6月14日には「おこしや祭り」が西宮神社で行われ、ここまで恵比寿さまが枇杷で飾り付けられた神輿で来られます。



そして旧国道をつきあたると赤門です。

七五三のお参りでいっぱいでした。

静かな西宮神社も好きですが、賑やかな神社もいいものです。



菊花展が最終日とあって、大きな菊の花をもらっている方もいらっしゃいました。


濱戎さまを巡る旅、最後は御前浜までもう一こぎです。


ユリカモメの増えてきた御前浜




濱戎さまを巡る旅は、西宮の漁業の隆盛と衰退を確認する旅だったのかもしれません。

この御前浜が「てて噛むイワシ」の豊漁で活気のあったころ、

各地の濱戎さま、元戎さまを、漁民のみなさまが厚く信仰されていたことと思います。

漁業の衰退は、この阪神の地においては仕方がないことかもしれません。

でも、この濱戎さまを地元の私たちが継承していくことで、西宮の伝統、DNAが引き継がれていくことを願います。



よく自転車こぎました。いい感じの疲労です。ビールがおいしい。

腰の調子もよくなってきて、御前浜の掃除もできるようになりました。

この夕方、いきなりゴミがひどくて難儀しましたけど・・・。





濱戎

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濱戎さまを巡るちいさな旅 | コメント( 2 ) | トラックバック( 0)

もしもしさんの記事や写真はおもしろくわかりやすいのでしょうが、
私が鳴尾に詳しくないのでじっくり地図を見ながらでないとついていけないのが
鳴尾という場所です、気になる場所でもあります(笑)
土曜日は私は逆コースで朝に西宮神社や御輿屋跡地をめぐってから、午後は
鳴尾図書館の講座を聞きに行って鳴尾という土地について勉強してきました。
が、やっぱり自分の足で歩いて見てみないとなかなかわからなさそうですので
まずは一本松公園を目指そうと思います。

[ にゃんこ ] 2013/11/24 10:39:35 [ 削除 ] [ 通報 ]

にゃんこさん、こんばんは。
鳴尾という場所、迷子になりに行くのも楽しいですよ。
危ない場所はないと思いますし。日本語は通じるから。(笑)
わたしも歴史に疎いので講座とかで勉強しなくちゃいけないのですが、なかなか仕事があるとね・・・。休日自転車、歩き回ることで取りあえず目で見てお参りするところから始めています。

[ もしもし ] 2013/11/24 20:50:47 [ 削除 ] [ 通報 ]

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濱戎さまを巡る小さな旅 1 打出、西宮、今津


聖地巡礼その79で甲子園素戔嗚神社を紹介した際に、境内の恵比寿神社についてLady Jさん、凛太郎さんからコメントを頂きました。

甲子園素戔嗚神社の恵比寿さんは、中津の砂浜公園から遷られてきた恵比寿さんとのこと。さらに凛太郎さんのホームページを見ると鳴尾町には元戎と呼ばれる3つの社があったとのこと。

ちょっと歴史っぽい西宮 凛太郎さんのホームページ
鎌倉時代〜西宮えびす神社


うーん。深い。
でもって、もうちょっとググってみました。

鳴尾の一本松とエビス神の伝説について(下) 井阪康二

図録PDF(10.9MB) - 西宮市

西宮の漁業〜濱戎まつりについて〜 土居佳代


これらの文献を参考に、濱戎さま、元戎さまが各地区で漁業関係者に厚く信仰されていたことがわかります。
歴史文献読むの苦手です。ちゃんと読まないといけませんね。(歴史小説は大好きです。)


1.漁業関係者に恵比寿信仰があり、各地区に濱戎が祀られていたとのことです。
   打出、西宮、今津。

図録PDF(10.9MB) - 西宮市より引用
「濱戎神社がカワテツ(川崎製鉄)の敷地内にあった頃は、毎年9月10日に濱戎祭をしていた。昔からこの日にしていたが濱戎祭は中津と打出でもしているので、西宮神社の神職が3ヶ所を一日でまわってすませられるように、最近では9月10日に近い日曜日に行うように決めた。
 濱戎祭の当日は、午前9時から神職が中津・打出の戎神社で祭りをしたあと、濱戎神社のある住
吉神社には午前11時頃につく。」

このうち、西宮の濱戎は、川崎製鉄(現JFEスチール)の工場ができる関係で、現在の住吉神社に遷られた。


追記)勘違いしていました。神職は、中津、打出と祭礼をしたあと西宮にきているんですね。
今津濱戎神社についての言及がありませんね。
今津を飛び越して中津の元戎まで祭礼に行ってられたということですね。
今津濱戎神社は独立していたのでしょうね。


2.鳴尾には、元戎と呼ばれる3つのお社があった。
一つは、砂浜新田>砂浜公園>素戔嗚神社。
一つは、鳴尾港近く、現関西スーパー西の民家。
一つは、鳴尾支所東の榎の下。戦災でなくなった。

元戎は、2つという話と3つという話があります。

まっ、そういうことで、今日は濱戎さまを自転車で巡ってみました。
個々の神社、お社は聖地巡礼でも順次記録していきます。


まず、打出の濱戎さまです。
これについては、何となく察しがつきました。
以前打出浜だったところ、臨港線沿いに小さなお社があるのです。
そのお社の北側は漁業組合のような感じでした。
以前、西宮芦屋研究所員さんが、たしかエントリーされていたと思うので探してみました。


上記頁より引用します。
「芦屋市浜町の堤防には、戎神社の小さな祠が今も大切にまもられていますが、その北側の真下には、数年前まで福丸水産という漁師さんの建物がありました。
 この建物が嘗て芦屋に漁村があったという唯一の痕跡だったのですが・・」

まずは、その打出の濱戎であろうお社へGOです。


確かに「戎社」です。
単に「戎社」とありますが、以前はこの近くが海岸線だったことから、打出の濱戎さまはここだと思います。
一本松が、ここが浜であったこと、漁業に携わる方が大切にしてきた場所であることを想像させます。

以前漁業組合のような素朴な建物は、西宮芦屋研究所員さんのレポートにあるように、いまはデイサービスの建物でした。


さて、臨港線を東に向かい、えべっさん筋を南に入って、住吉神社へ。

今日は勤労感謝の日。旗日です。日の丸がうれしいですね。



境内、本殿の南側に西宮濱戎神社が鎮座されています。


西宮の漁業〜濱戎まつりについて〜 より引用

「浜戎神社は、現在の西宮市東町1丁目あたりにありました。浜戎神社は本殿を囲むように森があり、大きな神社だったといいます。現在はカワテツ(川崎製鉄株式会社)の所有地になり、浜戎神社はさらに西へいった西宮市西波止町の住吉神社の境内にまつられています。

 浜戎神社が移転したのは、昭和39年12月のことで、移転の理由は、カワテツが土地を必要としていたこと、漁師の数が減り、まつりをする人も少なくなってきたことにあります。」


ということで川崎製鉄、今のJFEスチールを見に行くことにします。

西宮大橋の上から・・・



漁業が衰退して近代的な工場の誘致が時代の流れだったのでしょうね。


反対側からの景色が素晴らしかったので、一度おりて道を渡って大橋を上りなおしました。

住吉神社です。神社の杜がこんもりといい感じです。




パノラマしてみました。



さて次は今津濱戎神社に向かいますが、途中、欅の並木が気になっていた公園へ寄り道。


 http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000080132/p10944097c.html


浜戎公園!!!!!

このあたり地名は東町ですが、公園の名前に、西宮濱戎さまの跡が残っていたのでした。



桜紅葉と欅の紅葉がとてもきれいな公園をあとにして、臨港線を東へ。

今津濱恵比寿神社(濱戎)を目指します。



臨港線沿いで南向きに鎮座される津濱恵比寿神社。

ここが蛭子さまが流れ着いたところの本命だそうです。

詳しくは、聖地巡礼で紹介するときに・・・。




打出、西宮、今津と3か所の「濱戎」さまをお参りしてきました。


次は鳴尾の3か所の「元戎」さまを巡ります。


つづく



濱戎
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そんな気持ちで、・・・。


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