西宮聖地巡礼

サブURL(このURLからもアクセスできます):http://nishinomiya.areablog.jp/moshimoshi

聖地巡礼その289:行者堂、庚申堂 上ヶ原

上ヶ原八幡さんの本殿左側の末社の金比羅神社の左側の石段を上ると小さな広場に行者堂と庚申堂がお祀りされています。

上ヶ原八幡神社のご紹介はこちらから。
http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000080132/p11083114c.html


向かって右が行者堂。役行者さんをお祀りしています。

左が庚申堂です。


「甲東の文化財を訪ねて」から引用させて頂きます。


 (行者堂の)御本尊は、昆陽ノ池を開いたと伝えられる奈良時代の役行者(役小角)で、古来より雨乞いの神として霊験著しく、農民の信仰が篤かった。旱天時には、村人はここに詣で沢蟹をこの石の祠に閉じ込め、降雨を祈願した。蟹は水を欲しがり苦悶する。それが天に通じ待望の雨が降ったと語り継がれている。いつごろまで行われていたかわからないが、最も原始的なめずらしい祭りの一つとされている。

 現在(昭和五十九年)、上ヶ原行者講十八人に受け継がれ、毎年三月上旬には、採燈大護摩の供養が行われている。昔は、五穀豊穣家内安全祈願が中心であったが、今では合格祈願・交通安全など現代的な願いも含まれるようになっている。御神体の代わりに木造の像を持ち回りで一定期間行者講の家で丁重にお祀りされる風習が続いている。そのほか、神光寺(上ヶ原五番町)でも一月十五日に護摩を焚き、火渡りの儀式などが盛大に行われている。

 現在の行者堂は、戦争中の防空壕が陥没したため祠が埋まったので新しく建立されたものである。今でもきれいな花が嵩られ、地元の行者講の人たちにその信仰が伝えられている。


 すぐ左手南東に向かって御幣型の祠がある。これもずり落ちていたたため、引き上げられて祀られたものである。これは、こわされた車塚に祀ってあった庚申さんであるといわれているが、地元の人はガイラの神さんと呼んでいる。

 ガイラとは、稲の穂が出る前に、茎の芯をたべてしまう、少し黒い色の黒い頭の小さいくさいくさいクロカメムシのことである。それについて、太平洋戦争後のことであるが、次のような話を古老から聞いた。

 この虫は、朝早く稲の上の方にあがってきて、茎の芯をたべてしまうため米がとれない。そこで子どもたちが、夜明けにミルクびんや一升びんをもって取りにいった。取った虫は市が助成として買い上げてくれたので、よい小遣いかせぎになった。取ったクロカメムシは御幣型の祠の前に埋めたので、そこからこの祠をガイラの神さまと呼ぶようになったという。このガイラとりも、昭和二十八年ごろまでのことで、その後は、田んぼにアヒルをたくさんかってクロカメムシを食べさせたので取ることもなくなった。


この当時とお祀りされている場所は変わっているようです。

行者堂です。


上記「甲東の文化財を訪ねて」に掲載の写真とは祠の形が異なります。

移設された時もしくは震災時に、新しくされているようです。


失礼して、格子の間からお姿を撮影してみました。


とても厳かな役行者さんです。

お花も供えられていて村の方々の行者講が続いていることがわかります。


追記)背景に書かれている梵字ですが、お不動さんのもののようです。

真ん中が「カンマン」お不動さん。

向かって左が「タ」せいたか童子、右が「タラ」こんがら童子を表す梵字です。

※梵字手帖(徳山 暉純著)を参考にしました。


庚申堂です。こちらにもお花が供えられています。


門戸庚申塔で庚申さん信仰を簡単にご紹介しました。

http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000080132/p11052433c.html


もともと賽の神として村に災厄が入るのを防ぐ神さまなのですが、ここでは稲の虫と結びついています。


庚申の日に眠ったら、身体の中の三尸(さんし)の虫が日頃の行いを閻魔大王に言いつけるから眠ってはいけない。

そういう講から庚申信仰がはじまっています。


虫というキーワード、眠ってはいけない=夜明け というキーワード。

この二つで、上ヶ原では庚申さんとガイラ神が結びついたのではと思います。


この山の上は関学の運動場になってしまいましたが、かろうじて北東側は森が残っています。

上ヶ原新田村の素朴な信仰が凝縮されて、心地よい緑の空間をつくっている聖地。


これからも、この天国のような一画を守っていって頂きたいです。





聖地巡礼

goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000080132/p11083523c.html
お不動さん、行者さん、庚申さん | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

聖地巡礼その261:上大市庚申塔

やくじんさん筋と関学道の交差点をさらに北へ。
やくじんさん筋は少し東に方向を替え、阪急の踏切をわたります。
少し行くと仁川学院のところで旧今津高木道とぶつかります。

この今津高木道は、旧上大市村から貝之介墓地への野辺送りの道で、ソウレン道(葬れん道)と呼ばれていました。
このあたりは凛太郎さんが詳しく調べてブログにされています。

この交差点を南に行けば上大市、左に行けば貝之介墓地から有馬へ抜ける道となります。
今回は、この道を南へと向かいます。


甲東園駅の東にあたる辻に上大市庚申塔があります。


上記の凛太郎さんのブログで仰られているように庚申塔との名ですがお地蔵さんが祀られています。


近くに、何かの石がいわくありげに置いてあります。


甲東文化財保存会の説明版です。


この説明と重なるところもありますが「甲東の文化財を訪ねて」より引用させて頂きます。

 明治十九年(一八八六)の二万分の一地形図で見るとこの庚申さんは上大市の集落の北のはずれに当たっている。したがってたの庚申さん同様悪霊・疫病の侵入防止、村内安全を祈念して祀られたものであろう。
 また、祠の前の道は葬れん道と称し、上大市からの弔はこの道を通って貝之介墓地へ行ったのである。その帰途葬列はこの庚申さんの前でゾウリを新しいのにはきかえ、故人の死霊がついてこないように祈りをささげたという。


昔は、ここが上大市村の北のはずれ、北へ・有馬へ・墓地へ向かう出口であり、北からの村への入り口でもあったわけです。悪霊や疫病を村に入れないという村人の思いがこの庚申塔にこめられているのでしょう。

今では住宅が立ち並び、村と村との間の境目がわからなくなってしまいました。

こういう小さな祠が、かろうじて当時のことを記憶にとどめてくれています。


聖地巡礼
goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000080132/p11071135c.html
お不動さん、行者さん、庚申さん | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

聖地巡礼その244:神呪庚申堂

門戸天神社の石段を下りて、やくじんさん筋を甲東園駅方面へ北へ向かうとすぐ、用水路を渡ったところに「神呪庚申堂」があります。



ご本尊は、自然石に「庚申」と力強く刻まれているようです。

この時は、前掛けがかけられて確認はできませんでした。


庚申さんについては、門戸庚申塔で少し紹介しました。
賽の神として、疫病や災厄を村に入れない役割を担っているようです。
そして現在でも厚い信仰を集めているようです。

お堂は、とてもきれいな石造りのお堂になっています。最近建て替えられたようですね。
凛太郎さんのページで以前のお堂の様子を拝見することができます。
http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061497/p11053486c.html

手前の丸いのは、井戸の跡のようですね。
馬車除けか車除けの石もあります。
ただでさえ細い道。交通の障害になりそうですが、保存されているところに土地の人の思いが感じられます。


もともとは、ここより東北の丘陵の一角にいらっしゃたようです。
昭和30年代後半、穎川氏頴川氏がこの辺りの土地を芝川氏から取得し宅地造成のための石積みをする時に、穎川氏頴川氏がこの土地を提供して庚申さんを移されたそうです。(「甲東の文化財を訪ねて」より)
穎川氏頴川氏と言えば、穎川頴川美術館、そして幸福銀行ですか。この辺りの事情は詳しくありません。

いまも素朴な庶民の信仰が伺える庚申さん。
石造りのお堂には、末永く見守っていて頂きたいという思いがこめられているのでしょう。


やくじんさん筋は旧くらがり街道。道は細いし、暗いし、交通量は多いし。
これからも災厄が来ないよう、お願い申し上げます。
覚えたての庚申さんのご真言を唱えて、お祈りさせて頂きました。


聖地巡礼
goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000080132/p11058662c.html
お不動さん、行者さん、庚申さん | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

聖地巡礼その234:門戸庚申塔

旧西国街道からやくじんさん筋を北へ門戸厄神の方へ進むと、庚申塔があります。



庚申さんについて少し調べてみました。
元々は中国の道教からきているようです。
60日に一度来る十干・十二支の庚申(かのえさる)の日の夜に眠ると三尸(さんし)の虫がその人の悪行を天帝に告げ口して、天帝はそれによりその人の寿命を短くしたり、天邪鬼を送り込んで悪さをするというのからはじまっているようです。
なので、庚申の日は夜通し呑んだりして眠らないようにしよう。
元々貴族の催しだったようですが、それが一般的に広まり、村の人達が集まって庚申の日に夜明かしをする講をつくったようです。

「眠ったらあかん、眠ったらあかん。
 眠ったらあんたの中の虫があんたの悪さを告げ口にでてきおる。
 眠ったらあかん。眠ったらあかん。」」
いかにも民間信仰のネタになりそうではないですか。

庚申さんは、仏教では青面金剛さまという憤怒尊です。
ここ門戸の庚申塔でも南無青面金剛と刻まれています。


上の梵字は「キリーク」です。
阿弥陀如来の種字です。青面金剛さまの種字は「ウン」です。
いろいろ調べましたが、特に珍しいことではないようです。

青面金剛さまのお姿をこちらのWEBからお借りしました。


この仏教の青面金剛さまが民間信仰となるまでにはいくつかのポイントがありそうです。

まず申。猿です。

南方熊楠は、これをインドのハヌマン信仰と結びつけ、庚申さんとビシュヌ神の関連を示唆しています。
ハヌマンとは、ハヌマンラングールのことで、インドのお寺にいる神様の使いとされている猿のことです。

そして、この猿から日本の神道の猿田彦神と結びつきました。
この猿田彦神が天孫降臨の際に先導をしたとのことで、露払いとか邪気を祓うと塞の神として祀られるようになったそうです。
奈良のならまちの庚申さんの辺りでは、赤い猿のお守りが「身代わり申」として軒先につるされています。

そして三尸(さんし)の虫です。上記WEBより引用させて頂きます。
人間の体には、「上尸(じょうし)」「中尸(ちゅうし)」「下尸(げし)」という蟲が棲みついているといいます。
「上尸」は、人間の頭部に棲息し、眼を暗くし、顔のシワを促進させ、白髪にしてしまいます。
「中尸」は、腸内に棲みつき、大食痛飲させ、五臓を損ない、悪夢の原因となります。
「下尸」は、足に棲み、精力を減退させ、命を奪っていきます。
この三匹の蟲が、60日に一度くる庚申の日、人が眠りにつくのを見計らって体内から抜け出し、天に上がり、天帝にその人の犯した悪行を報告しに行くと考えられていました。
天帝は、その報告を聞き、悪行の度合いによってその人の寿命を縮めてしまいます



そして、この三が猿田彦と一緒になって「見ざる、聞かざる、言わざる」の三猿が庚申さんの信仰に取り入れられます。
上記のお姿にも台座の部分に三猿が見られます。

この虫というのと、猿田彦の露払いが、上ヶ原の庚申さんのガイラ神につながっているのだと感じています。(上ヶ原の庚申さんは、いずれご紹介します。)

甲東地区には多くの庚申塔が残っています。
このような民間信仰が、住む土地の歴史を物語ってくれる。
そう理解されている地元の方々のご努力の賜物だと思います。感謝。

さて、庚申さまのお参りの仕方がわかりません。
と思ったら、ご真言が示されていました。


「オン デイバ ヤキシャ バンダ バンダ カカカカ ソワカ」
調べてみると次のようなご真言もあるそうです。
「オン コウシンレイコウシンレイ マイタレヤ ソワカ」

本来最低限のお参りは、蝋燭をともし、お線香をささげ、般若心経を唱え、ご真言を七回(本当は二十一回)なんでしょうが、実際は、お賽銭とご真言七回だけで勘弁してもらっています。

甲東地区、歩くのがとっても楽しい地区ですね。
道が狭いのに、自動車が多いのが難点ですが・・・・

ちなみに、今年の次の庚申は三庚申で6月18日です。




聖地巡礼
goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000080132/p11052433c.html
お不動さん、行者さん、庚申さん | コメント( 2 ) | トラックバック( 0)

もしもしさん、こんばんは。
青面金剛さまって初めてしりました。ご真言も難しそうです。
門戸厄神さんにおられるようなので、ご真言を唱えにいきます。
あっ、記事を見直したら門戸厄神の境内ではないようですね!

[ さとっさん ] 2014/05/30 0:01:25 [ 削除 ] [ 通報 ]

さとっさん、こんいちは。
門戸のあたりは、こういう民間信仰の祠がいっぱりあります。
もちろん笹舟倶楽部もありますけど(笑)

[ もしもし ] 2014/05/30 11:25:35 [ 削除 ] [ 通報 ]

名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

聖地巡礼その220:役行者さん 小曽根町

小曽根町[2]のお地蔵さんの傍らに役行者さんがいらっしゃいました。
「西宮の地蔵」によると、木製の社に役行者と前鬼、後鬼が祀られて入れ、地蔵盆には行者講の方が来られるそうです。
このあたりは、akaruさんが詳しいと思います。


右が役行者さんの祠です。



中の木のお社に、役行者と前鬼、後鬼がいらしゃるのでしょうが、扉を開けるのはちょっと憚られます。


「南無神変大菩薩」

役行者さんのご真言を唱えて。



goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000080132/p11026686c.html
お不動さん、行者さん、庚申さん | コメント( 2 ) | トラックバック( 0)

小曽根の役行者さんはお参りしたことがありません。鳴尾の行者講さんとは交流がありませんでした。一度お訪ねしたいですね。

[ akaru ] 2014/04/09 22:49:15 [ 削除 ] [ 通報 ]

akaruさん、こんばんは。
ありがとうございます。
思わぬところに役行者さんがいらっしゃいました。
ぜひ、一度お参りください。

[ もしもし ] 2014/04/09 22:55:26 [ 削除 ] [ 通報 ]

名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

  1  |  2  
このブログトップページへ
もしもしイメージ
もしもし
プロフィール公開中 プロフィール
あんな西宮、こんな西宮。
神社、銭湯、お地蔵さん。
お酒、居酒屋、酒屋さん。
あれも聖地、これも聖地。
お気に入りは、全て聖地。

そんな気持ちで、・・・。


前の年へ 2017年 次の年へ 前の月へ 9月 次の月へ
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
今日 合計
ビュー 2 314664
コメント 0 2681
お気に入り 0 17