思いついたまま

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テレビ番組キンスマで「清原和博」の生き様をみた!

 録画してある番組が溜まりにたまって、ついにハードディスクの残量が0に!
大好きなプロレス(WWE)は遅れながらも何とか観て消去しているのだが、NHKの「歴史秘話ヒストリア」は昨年の夏から観ずに溜めていて、25週分、ブルーレイにダビングしました。ダビングしたものの、これだけの分、果たして観れるのかな?


 録画したのを整理していると、4月3日に放映された仲居正広のキンスマで、清原和博さんの出演した番組がありました。
 上記の二番組以外は殆どテレビを観る事のない私。スポーツ新聞を見て、清原さんが四国遍路をしていて、一年ぶりにテレビに出演!とあったので録画していたようです。観てみると凄い内容でした。

 

 清原和博と言えば、云わずと知れた日本プロ野球界のスーパースター。最近表には出てこず、週刊誌でゴシップ記事に書かれている見出しで知る程度です。
 番組では後半に出演し、過去を振り返りながら今の近況を語っていました。


本人の著書「男道」も交えてのオープニングでは・・・

『清原和博 自体を否定し
いっそ 死んでしまえば と
息子の存在がなければ この世にいなかった
野球をしたことさえ後悔し
野球さえしていなければ こんな事にならなかった』

 

2015年3月、四国88ヶ所の遍路に出た清原

『母の身体の事 友人がガンで闘っている事
自分のためには もう頑張れない 人のために祈りながら歩いている
自分を見つめ直す 良い時間じゃあないか と 歩き遍路を続けている』

 

 お遍路の様子は映像も少なくこれだけ、でも今も数回に分けて廻る「区切り打ち」を続けているようです。

 


 少年時代、巨人軍の王選手に憧れて野球を始め、PL学園に入学して桑田真澄と出会う。

 1983年、1年生から4番打者、エースとして二人は活躍、KKコンビとして名をはせる。

 通算5回の甲子園出場で清原は13本のホームラン、桑田は20勝と、とてつもない数字を残している。

 

 壮絶な人生の始まりとなるのが1985年11月20日、ドラフト会議の日である。

 だれしもが清原の巨人1位指名を信じて疑わなかったのに、なんと巨人は桑田の単独指名。俗に言われる「KKドラフト事件」である。

 

『あの時 桑田を憎んでいた
そして僕に桑田を憎ませることになった王監督を憎んだ
一番大切な友人との仲を引き裂かれたのだ』

 

 清原は六球団の複数指名で、くじを引き当てた西武が交渉権を獲得。

 

奈落の底に引き落とされた清原
救ったのは母の一言
『ウチ 巨人ファン やめる 今から西武ファンになる
(写真を見せながら)この人(王)を見返してやったらエエねん!』

恋い焦がれた巨人だったが、母の言葉で西武入団を決意する。


 初安打が初ホームラン。華々しくデビューし、一年目から西武で活躍したのはご存じの通りです。
 西武在籍11年。リーグ優勝8回、うち日本一に6回。数々の大記録を持ちながら、最後のオリックス時代を含めて打者タイトルの無いのが不思議なくらいです。

 

 

 私が感動したのは次の場面
裏切られた巨人に恨みを晴らす時がやってきます。
以外にも早く 入団2年目の1987年。巨人相手の日本シリーズ第6戦。
桑田もいるし 監督は王。
日本一への勝利の瞬間が近づくと、一塁ベースで守備につく清原は泣きじゃくっています。

 

 このシーンは、当時 私もテレビで観ていたので思い出し、感動して涙が出ました。

 

 1996年にFAを宣言 阪神、巨人が清原獲得に名乗りを上げる
当時の吉田義男監督が、縦じまのユニホームを横じまに変えてでも・・・の逸話が残っているほどである

 

 巨人との交渉の場面が強烈でした。
清原が最初に「11年前のドラフトの整理がついていない、今も引きずっている」旨を言うと、担当者は「ああ そんなこともあったね(笑)」と、軽くあしらわれ、いきなり金額面の提示、ウチに入りたければ入れてやるよ!という態度。これには清原もプチンと切れて即座に退席したそうです。

 

 母に相談すると「あんた ほんまは どこが好きやったん 巨人とちゃうのん!」 また 母の一声で巨人入団を決意(当時の監督は長嶋茂雄)

 

 

1997年、巨人に入団して桑田の登板のとき
 『バッターボックスに打者が入り、キャッチャーとサインを交わした。桑田がゆっくり振りかぶる。
 あの暑い夏の日、PL学園のユニホームを着てピッチングする桑田の姿が脳裏にフラッシュバックした。
 俺と桑田はこうあるべきなんや。ファーストにぱっと着いてマウンドを見ると そこに桑田がいる。
 この関係が一番しっくりくる。長い間のわだかまりは すっかり消えていた。投げている桑田を守ることしか考えられなかった。
 待ってろ、俺が一振りで楽にしてやる』

 

 

2005年、邪魔者を追っ払うかの如く戦力外通告を受ける
翌年、仰木監督にひろわれオリックス・バファローズに入団
2008年退団

 

 引退の翌年、関西テレビで放送された『男の一升瓶』という清原を特集した特別番組で、
「巨人は富士山と一緒で、遠くから見れば綺麗だが登ってみるとゴミだらけ」と発言したようです。

 

 

 好き嫌いは別にして、清原という人物には興味があります。
 また、巨人軍のことを辛辣に書きましたがテレビを観てそのまま書きました。
 長い番組だったので、まだ多くのエピソードを語っていましたが割愛しました。

 

 放送から一ヶ月後、清原が歩く 人生の お遍路「四国88ヶ所‘区切り打ち’・・・トンネル抜けだす願いの道」と題し、
5月12日のスポーツニッポンが特集記事を書いていました。

 

今も清原は お四国を歩いているのですね!

 




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この番組見ました。
「巨人は富士山と一緒で、遠くから見れば綺麗だが登ってみるとゴミだらけ」名言ですね。「巨人」の所にはいろんな言葉が当てはまりそう。

[ akaru ] 2015/05/28 7:36:42 [ 削除 ] [ 通報 ]

今もY氏の一声で物事が決まるのでしょうか

清原にとって 恋い焦がれた巨人とは なんだったのか
お四国を廻って見つめ直す機会かも です

[ さとっさん ] 2015/05/28 12:04:01 [ 削除 ] [ 通報 ]

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遍路は続くよどこまでも

 普段は殆どテレビを観ない私。でも毎週水曜に放送される「歴史秘話ヒストリア」は必ず録画をして観ています。
 昨年10月から摂津国88ヶ所を本格的に廻りだし、ゆっくり観れずにいたので録画していたのが山盛り溜まってしまいました。その中に、11月12日に放送された「四国88ヶ所霊場 1200年の物語」がありました。
 昨日観た「高野山 修行の今昔」に続いて、四国遍路の紹介とあって興味深く観ました。

 


 エピソード1では「若き空海の悩み 〜四国遍路 誕生の秘密〜」
 官僚を目指して必死に(大学で)勉強していた18歳の空海は、一人の僧侶から「虚空蔵(求)聞持法」(大自然の中で仏の言葉を100万回唱え、記憶力を高める修行)を教えられ、大学を休んで四国へ修行の旅に出ます。
(修行地でもっとも有名な「御廚人窟(みくろど)」も紹介されていました)一説では空海の名づけの地とも云われます。


 空海は厳しい自然の中で修行に没頭する中で、都での華やかな生活がはかないものに思えてきて、貧しさにあえぐ民の悲しみが心に強く響くようになった(三教指帰)。今まで自分一人の出世ばかり考え、自分を救おうとしてきたが、他のあらゆる人々も救わなければ意味がないと悟ります。

 人々を救いたい。空海はその手立てを求めて唐に留学(804年)し、密教と出会います。そして帰国後 高野山を拠点として「真言宗」を開き、全国の人々に救いの手を差し伸べます。


 やがては空海の修行の原点となった四国は聖地となり、多くの修行僧がこの地を巡るようになります。それが88ヶ所の霊場を廻る四国遍路の元となったのです。

 

 エピソード2「江戸のお遍路ブーム」
 修行僧だけの遍路だったのが一般庶民に広がるのは江戸時代になってから。四国遍路中興の祖といわれる「宥辯真念(ゆうべんしんねん)」が書いた「四国遍路道指南」が出版されると、庶民の間で大ヒット、本を片手にお遍路に出る人が急増し一大ブームになります。

 真念自らも20回以上四国を廻り、遍路宿(真念庵)を建てたり標石を置き布教活動に努めます。地元の人がお遍路さんに「お接待」を施す風習は この頃から
始まり、今も続いています。

 

 エピソード3では、太平洋戦争で途絶えていた遍路再興で、昭和28年、地元鉄道会社が計画した「88ヶ所バス巡礼」。遍路を14日間で廻るというもので、24人が参加した時の様子を紹介していました。

 

 

 

 私が四国遍路に行ったのは たったの一回、それも全て車。歩き遍路をしたい願望はありますが・・・・
でも今年は創設1200年なので もう一度行こうとは思っています(車で!)

 

 



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歴史ヒストリア、たぶん録画されているので見てみます。

[ ふく ] 2015/02/03 17:19:21 [ 削除 ] [ 通報 ]

ふくさん、こんばんは♪
この番組で宥辯真念という人物を知りました。

私の方は溜まりすぎて観るのが面倒になっています(><)

[ さとっさん ] 2015/02/03 21:53:08 [ 削除 ] [ 通報 ]

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昨日のNHK「高野山 修行の今昔」

 昨日の2時過ぎ、大阪市西区の「和光寺(あみだ池」へ行こうと準備していると、妻が、「今NHKで高野山の事やってるでー」と言うので、直ぐにテレビをつけて録画をし、大阪へお参りに行ってきました。


そして今日、何処にも行くつもりが無いので、午後は前日撮った録画を観ていました。
 NHKアーカイブス「高野山 修行の今昔」という番組で、今年開創1200年を迎える高野山の特集なのかな。最初の20分ほどが録画されていないので、流れがわかりませんが、再生すると、今も生きて奥の院で修行をしているという お大師さんの御廟へ食事を運んでいる映像でした。835年にお大師さんが「入定」されてから毎日 朝昼2回続けられているのです。

 

 その後は現在の修行僧の一日の様子でした。空海(弘法大師)の説く、この世で生きたまま仏になるという「即身成仏」を目指して、真言を百万回唱える「求聞持法」の修行や、滝壺でお経をあげる水行などの厳しい修行を映していました。真冬で気温はマイナス10度、水温は2度。へえ〜水の中の方が暖かいのだ。

 修行の様子は非公開なので、この映像は特別なもので貴重だそうです。

 

 この後、内容が変り、作家の家田荘子さんが出てきました。家田さんは高野山真言宗の僧侶だったのですね。昔と今の修行を比べて語っていました。
 かつては、お寺のお子さんが お寺を継ぐために修行にきていたのに、最近はお寺の子でない在家の人が、何か目的を持って修行に来られるのが増えているそうです。現実的な数字として、高野山高校(宗教科)では21人の内、お寺の子が12人、在家が9人とも言っていました。

 

 次は女優の鈴木砂羽さんが高野山の宿坊(惠光院)での体験(勤行、阿字観、写経)の紹介でした。
 仏教に触れることで今の自分を見直したり、癒しを求めての修行体験が静かなブームになっているといいます。

 

私にとっては とても興味のある番組だったのに全部録画できず残念でした。

 

「御廟の橋」から中へは撮影禁止なので、さすがのNHKでも無理なんですね。

 



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「わが心の聖地〜思いの道 願いの道〜」から

「BS日テレ」で放映された「わが心の聖地〜思いの道 願いの道〜」を観ました。芸能人が「自分にとっての聖地」を求め歩き、併せて「寺社仏閣」を案内する番組です。

 今回は京都の「東寺」を俳優の黒沢年雄さんが巡るというものでした。


 東寺といえば「教王護国寺」と言われる真言宗の総本山で、国宝五重塔をはじめ、金堂(本堂)、講堂、食堂の内部にカメラが入るとあって興味津津です。


 東寺には何度か行っていますが、内部は全て撮影禁止になっており、この映像は私の宝物の一つになりました。


 東寺の中心、つまり密教の中心的建物である「講堂」ですが、「大日如来」を中心に全部で21体の彫像が整然と安置され、羯磨曼荼羅(立体曼荼羅)を構成しているのも紹介されていました。

 

東寺の中央に位置する「講堂」

 

羯磨曼荼羅(立体曼荼羅)

 

21体の像の配置図

 

大日如来を中央に「五智如来」

 

 黒沢さんは、20年前に大腸がん、そのあとも膀胱がん、食堂がん、胃がんを患ってきましたが、いずれも克服され、残された人生をどう生きていくかを、ここ東寺を聖地と決め、生まれ年の干支、守り本尊である「大日如来」と対峙します。


「弘法大師 空海」は、いつの世もこの講堂を訪れた人々に、仏様が教えを語り、救われることを願ったという。
 この先の人生のテーマとは? 黒沢さんのその問いに大日如来様はどんな答えを授けたのでしょう・・・

 



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さとっさん、こんばんは。
オフ会に来られるとばっかり思っていたのですが・・・。
またお会いできる時を楽しみにしています。
東寺の立体曼荼羅は何度見ても圧倒されます。
空海をはじめ当時の仏教家の真摯な姿勢と想像力、創造力、それを世の中に削り出してしまう力・技術に言葉もありません。
この記事を読んで思い出した写真集があって探し出しました。「東寺」撮影立木義浩 
真剣に作られたものは、真剣に見て、真剣に撮らなきゃいけない。
そんな思いが伝わる写真集です。
そろそろ東寺にもお参りしたくなりました。

[ もしもし ] 2014/07/27 23:30:42 [ 削除 ] [ 通報 ]

もしもしさん、早速のコメントありがとうございます。
オフ会残念でした。行けずにすみません。
東寺はいいですね。何回か行ってますが写真が撮れないので記憶されないんです。この番組を何回か見直しました。他の建物の中も映されていましたが記事にできませんでした(。>д<)

[ さとっさん ] 2014/07/27 23:34:33 [ 削除 ] [ 通報 ]

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今日も寒かったですね

昨日今日と寒かったですねえ。
二日間一歩も外に出ず録画を見ていました。
いつもの「わが心の聖地〜思いの道 願いの道〜・・・」です。


4月1日に放送されたもので、出演は俳優の前田吟さん。

 

 聖地に選んだのは、千年以上にわたり、関東を代表する霊場として崇め

られてきた「成田山新勝寺」。


 弘法大師・空海を始祖とする真言宗智山派の大本山。源頼朝、水戸光圀、

二宮尊徳なども信仰した名刹で、正月の初もうで、2月3日の節分でも賑わう

お寺です。

 

 70歳を迎えた前田さん。 劇団俳優座養成所で「花の15期生」と呼ばれた

同期の友人・夏八木勲さん、原田芳雄さん、地井武男さんなどが近年、相次

いで他界し、自分も残りの人生をどう生きるべきか、考えるようになったと

いう。

 

 釈迦堂にある仏教彫刻の傑作、「五百羅漢」。釈迦の教えを広めた500人の

聖人が彫りこまれた神秘の彫刻。いにしえの人々はこの中に亡き人の面影を探し、故人を偲んだ。


 前田さんもここで亡き友たちの顔を探します。

 

 



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行ってみたいお寺が増えました

また撮り溜めたテレビ録画を見るのに追われてきた。
今見終えたのは、3月11日にBS日テレで放送された
「わが心の聖地〜思いの道 願いの道〜・・・」
歌手の山本譲二さんが高尾山を訪ねます。

 

   正式名称:高尾山薬王院有喜寺
   開山本尊:薬師如来
   中興本尊:飯縄権現

 東京八王子にあり、関東ではかなり有名なお寺だそうですが、テレビ

を見るまで知りませんでした。

 

 本尊の薬師如来は秘仏ですが、前立本尊飯縄権現が映し出され、

すごく迫力があり、圧倒されました。


 いいですね、この手の番組は。普段撮影禁止でも「特別許可」

とかで放映してくれますから。


    私の行ってみたいお寺がまた一つ増えました。

 



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やはり涙、涙でした「徳さんのお遍路さん」

 3月30日(日)「徳さんのお遍路さん」最終回の放送がありました。


 結願札所 88番大窪寺が見えてくると、徳さんはもう涙顔になっています。
本堂に向かう石段を一歩一歩かみしめながら踏んで上がって行きます。


 本堂での読経、そして大師堂での読経では感極まってもう涙が止まりません。
住職から「結願の証」をいただくとまた涙。
 私も目頭を熱くするシーンでした。

 

 昨年春から始めた遍路は1年3ヶ月に及び、ロケには二十人のスタッフが同行

したそうです。そのスタッフに支えられて結願でき、一緒に仕事できた喜びを

しみじみと語っていました。

 

 最近は、「自分探し」を求めて四国遍路に行く人が増えているそうです。
「同行二人」とは、一般的に弘法大師と一緒に廻ることを意味しますが、実は

一緒するのは「もう一人の自分」でもあるのだと、88番の住職が言っておられ

ました。
 徳さんはうなずいていましたが、得意のギャグで「私は同行二十人」と言っ

て周りを笑わせていました。


 最後には「今度はカメラなしで一人で廻りたい」と。一度四国遍路を体験す

ると、二度、三度と行きたくなるもので、偽ざる心境だと思います。

 


 長い間、懐かしく思いながら番組を見せてもらいました。徳光さん!ありが

とうございました。

 

 なんと、この日の午後7時から2時間、日曜特番として「徳さんのお遍路さ

ん〜最後の旅 高野山へ・・・」がBS−TBSで放送されました。

 

 結願を終えた3ヶ月後、徳光さんが、お礼参りに真言宗の聖地・高野山で

「奥の院萬燈会」という貴重な儀式に参加し、さらには真言宗の長である松長

有慶大僧正と対談をします。他にも貴重な映像の放映もあるそうです。

 

 もちろん録画しておりますが、まだ見ておりません。こちらも楽しみです。

 



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遍路ころがし「徳さんのお遍路さん」から

 楽しみしていた「徳さんのお遍路さん」最終回、昨日録画してたのを今見ると
「結願」前の特番放送だった。


 前回、徳さんが2年3ヵ月で遍路を廻ったと書きましたが、1年3ヵ月の間違いでした。その1年3ヵ月を振り返って、特に「難所」を頑張って歩いた時の放送でした。

 

 ↑ 11番「藤井寺」から12番「焼山寺」への遍路道に立つ友人 

私たちが四国遍路に行った時の写真で 2011.5.21に撮影しました

 

 

 四国88ヶ所には「難所」が何ヶ所かあります。歩き遍路をして、初めての難所が第12番「焼山寺」です。11番「藤井寺」から16キロの山道。俗に言われる「遍路ころがし」で、健脚な人でも6時間かかるそうです。


 その難所も、今では自動車道やロープウェイが出来て、非常に行き易くなっています。徳さんは歩かれたのでしょう。息を切らして難儀し、ころがる場面を映していました。

 

 ここ「焼山寺」の途中に「杖杉庵」があり、四国遍路の元租「衛門三郎」の伝説が残る遺跡です。


 物乞いの僧(弘法大師)に手荒くあたった三郎。僧が門に立って八日目、鉄鉢を奪って投げ捨てます。鉄鉢は八つに割れて八方に散り、その翌日から八日の間に三郎の八人の子どもはつぎつぎと死んでいったのです。
 三郎は深く反省し、その僧こそ弘法大師にちがいないと信じ、大師に懺悔したい一心で、その後を追うのです。
 ところが88ヶ所を二十回めぐっても会えず、二十一回目の時、老いと病でこの地で倒れます。そこに偶然弘法大師が現れ、すべての罪を許すのです。


 二十一回目、閏年に三郎が逆廻りして弘法大師と会えることが出来たので、閏年に「逆打ち」遍路をすると験がいいと言われています。

 

「杖杉庵」 弘法大師(右)の許しを乞う衛門三郎の像 

                2011.6.19 バス車中から撮影

 

 番組は一週間延びましたが、次週予告で徳さんの涙顔がチラッと映っていました。
         多分、涙、涙でしょう!

 

 3月30日(日)朝9時〜9時30分 BS−TBSで「徳さんのお遍路さん」最終回が放送されます

 



四国88ヶ所
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徳さん、まもなく結願です!

 BS−TBSで、毎週日曜朝9時から放送されている「徳さんのお遍路さん」も、残すところあと一回になりました。


 最後の88番札所「大窪寺」は3月23日の放送で、結願した徳光和夫さんがどのように締め括るのか、今から楽しみです。徳さんのことだから、きっと涙を流すでしょうね。


 番組内容から季節を見ると、87番札所は初夏。2回冬を迎えていたので、2年3ヵ月のロングランです。
 もちろん撮影の度に四国に入っていると思いますが、何回になったのでしょうか、できれば裏話も聞きたいものです。

 

 私たちも、2年半ほどかけて四国88ヶ所を廻り、最後の札所でお参りを終えた後は「ついにやったぞー」と、満足感に浸りました。


 その88番でのお参りのとき、御宝号「南無大師遍照金剛」を、いつもなら三回唱えるのですが、最後なので七回、先達さんと一緒になって唱えました。


 歩いて廻られたお遍路さんは、気の往くまで、何度も何度も御宝号を唱えるそうです。


 それだけお遍路さんにとっては、弘法大師様がありがたいのです。

 

      本堂に掲げられた四国88ヶ所「結願の証」

 

 先日「だべろう会」で、だんごさんが「歩き遍路」されたことをブログに書きました。刺激を受けた訳ではありませんが、「歩き」までは無理ですが、四国遍路にもう一度廻ってみたいです。


 それだけ魅了するものが「お遍路」には、あります。

 



弘法大師
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無理なんてことないですよ。同行二人ですから。

[ だんご ] 2014/03/19 7:37:41 [ 削除 ] [ 通報 ]

だんごさん、こんにちは。
「同行二人」ありがたいお言葉です!

[ さとっさん ] 2014/03/19 17:34:12 [ 削除 ] [ 通報 ]

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テレビ「昔の人は偉かった」から

 2月から録り溜してあったテレビ番組を見続けて、やっと3月14日分まできた。


 この日の放送は「ちちんぷいぷい/昔の人は偉かった/奮闘篇/奈良・吉野の桜を目指す旅7」河田直也アナとくっすんが奈良県宇陀市を歩く場面です。

 

 二人は宇陀市にある又兵衛桜(瀧桜)に到着しますが、まだ桜は咲いていません。


 又兵衛といえば、今NHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」が放送されていて、その黒田家の家臣で、大坂夏の陣で討ち死にしたと言われています。
 ところが、逃げ延びて宇陀で、隠遁生活の後に一生を終えたという伝説が残っており、その屋敷跡の桜を又兵衛桜と言うそうです。

 

      2012.4.18 に撮影した又兵衛桜

 

 番組最後、この日の到着地点、奈良県吉野郡吉野町窪垣内にある御霊神社の紹介では、その昔、投げた石が当たって犬が死んだ物語があり、犬を飼ってはいけない伝説が残っていて、今もその風習が続いていると宮守りの人が断言していました。
 何故なのか、私なりに調べてみましたが分かりませんでした。


 ところが、二人が神社を出ると、前の家に犬小屋があり、犬を映していました。現実を伝えるのはわかりますが、ちょっと嫌味ですかね毎日放送さん。

 

  間もなく桜の季節ですね。

      中千本・金峯山寺に向かう参道 2012.4.18 撮影


 又兵衛桜もいいですが、吉野も素晴らしいです。今年は世界遺産登録10周年にあたり、中千本にある金峯山寺では秘仏本尊蔵王権現も開帳されます。

 

 

    三体ある本尊は高さが7m あるそうです

   桜の季節に合わせてお参りさせてもらいます

 


 



ちちんぷいぷい
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ここに昔、訪れたことがあります。
そのときの記憶で書いて申し訳ありませんが、大海人皇子(のちの天武)が謀反の疑いで近江京から吉野へ逃げたとき、追っ手が大海人皇子が飼っていた犬を連れてきていて、その犬が隠れていた皇子を嗅ぎ分けようとしてしまったので、匿っていた人が投石で犬を殺し、難を逃れたという話が伝わっていたはずです。その犬の祟りがあるとして村では犬を飼わないと。司馬遼太郎さんも書いていたと思うのですが出典がちょっと今見当たりません。あやふやですみません。

[ 凛太郎 ] 2014/03/19 5:30:48 [ 削除 ] [ 通報 ]

凛太郎さん、ありがとうございます。
凛太郎さんが言われるとおりのことを、テレビでも放送していました。
 その石は、今でも神社にあるそうですね。確かめるべく、もう一度録画を見ようとしたら、削除してしまっていました。


[ さとっさん ] 2014/03/19 17:45:10 [ 削除 ] [ 通報 ]

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