思いついたまま

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六甲山鷲林寺へB(空海の足跡をたどる)

   前回からの続きです

 

 本堂でお参りを済ませてから、境内を散策し、多宝塔に行きました。

 

 鷲林寺多宝塔の建立について、鷲林寺のHPではこんなことが書かれていました。


 先代住職の長年の夢だった多宝塔の建立。念願が叶わず、昭和58年に遷化されました。その遺志を受け継いだ現住職が、先代住職の最後の仕事を完成すべく東奔西走され、住職になって10年後の平成5年に見事建立されたのです。


 先代住職30年の夢、そして現住職が10年、計40年の夢を実現させ、平成5年5月9日、落慶法会が行われました。

 

 落慶法会・境内をお練り供養では、檀家総代の子息と住職の弟を先頭に、聖女、ご詠歌隊、舎利奉迎者、お稚児さん120名、お坊さん100名の行列が続きました。

 

 仏舎利奉迎のことも次のように書かれていました。

「高野山三宝院ご住職、飛鷹全隆(ひだか ぜんりゅう)僧正さまのお導きにより、スリランカ ナイヨッパーラー寺に伝わる仏舎利を相伝していただくことができました。」

 

   最後には、
「この日の天気予報は雨。大阪、尼崎、西宮あたりは降っていたが、鷲林寺の上だけ雲が切れて晴れ渡っていた。
法会終了と同時に降りだした大雨に参拝の人々も大歓声をあげられました。」で締め括られていました。

 

   今では多宝塔は鷲林寺のシンボルとなっているそうです

           鷲林寺 多宝塔 2014.2.21 撮影

 

 鷲林寺の多宝塔はちょっと変わっており、納骨堂の上に建てられてありました。


 その納骨堂ですが、入り口は、自動のガラス戸になっていて、誰でも入れました。左右の壁面もガラス戸で、たくさんの骨壺が置かれていました。隣との境目があったかどうかは分かりませんが、花が供えられ、側には故人の愛用品、お菓子なども置いてありました。
 また棚型(木の扉)になったのもありましたが、驚いたことに、どちらにも鍵はついてなかったです。

 

 仏舎利は、入滅したお釈迦さまが荼毘に付された際の遺骨、 灰塵で、他のお寺の多宝塔でもよく祀られていますね。

 それなのに「仏舎利のある舎利殿の下に納骨堂かあ〜」と感心しながら駐車場に向かい、多宝塔には入らないで帰ってしまいました。


 多宝塔のほかにも見落としたところが多くありますので、もう一度行きたいと思っています。



弘法大師

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六甲山鷲林寺へA(空海の足跡をたどる)

前回からの続きです 

 

 鷲林寺は住宅街から抜けた小高い所にありました。山門が見当たらなかったのですが、一番栄えた時には、70町歩の寺領があり、その寺領が遠く鳴尾地方まで及んでいたというのですから、どこか離れた場所にあるのでしょうか。

 

 大師像でお砂踏みをした後、石段を上がって本堂に行きました。

 

                 鷲林寺 本堂


 いつものように蝋燭と線香をたて、本堂の脇で読経を始めると、私たちと同じ年くらいの男性が参拝に来た。しかし中々去ろうとしない。気になるので横眼で見ると、小さな声で般若心経を唱えていた。


 有難いことに、一緒になってお経をあげてくれていたのだ。終わってから声を掛けようとしたが、直ぐに立ち去ってしまった。

 

 鷲林寺を検索すると、西宮ブログの「凛太郎さん」のページがありました。
そこには神呪寺と鷲林寺ことを詳しく書かれていたので、興味を持って読ませていただきました。

 



弘法大師
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六甲山鷲林寺へ@(空海の足跡をたどる)


 甲山大師(神呪寺)を出て、つぎは鷲林寺に向かった。車で10分くらいかかったでしょうか、参道を上がっていくと、駐車場には14日に降った雪がまだ残っていました。


 鷲林寺は、天長10年(833年)、淳和天皇の勅願寺として空海により開創されたといわれています。ご本尊は空海作の十一面観世音菩薩で、毎年4月21日に開帳されるそうです。

 

 ↓鷲林寺の略縁起を写真に撮りました

 

 ↑修行大師像は平成7年1月17日に発生した阪神淡路大震災の犠牲となり、御足首より折れてしまわれ、現在の大師像は二代目になります。


 阪神淡路大震災にて犠牲となられた大師像は、裏手に『身代わり大師』として祭られています。

 

         弘法大師(空海)の御修行中のお姿。

 大師像のまわりに四国八十八ヶ所の各寺院より頂いてきた砂を埋めていて、一周することにより霊場を回る功徳を得ると伝わっています。


 私たち夫婦も一周させていただきました。

 

         このあとは本堂に行きました。

 

 



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甲山神呪寺へB(空海の足跡をたどる)

(前回からの続きです)

 

 寺務所でご朱印(300円)と冊子(500円)の料金を払い、下りの石段に向かうと、前方に山門(仁王門)があるのに気付いた。


 また、左手に広場があったので寄ってみると

 

       広場の廻りに石造物、記念碑が整然と並んでいた。

 

       懐かしい名前が刻まれた記念碑「傷痍軍人の碑」

 

 山門は道路を隔てて建っている。真中にバス道が通っているお寺も珍しい。

 

 

 山門と本堂は一直線に建てられているのに、上手く写真に撮れなかった。

 

           本堂は見事真正面から撮れた

 

        それにしても大きな鐘楼だったなあ。

 

 そういえば昔甲山に登った時、下から鐘の音が聴こえていたのを思い出した。

 

          甲山大師から次は鷲林寺に向かった



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「俳人塚」だなんて、つまらないと思いませんか?何のため?なんか意味があるのでしょうか。

[ akaru ] 2014/02/25 21:36:13 [ 削除 ] [ 通報 ]

akaruさん、お久しぶりです。ニックネームを変えられたのですね。
広場一帯を写真に収めて、特に目立った2枚を載せました。俳人塚が何のために建てられたのかは全く知らずに載せました。お気に召さなかったようですね。申し訳ありません。

[ さとっさん ] 2014/02/25 22:11:04 [ 削除 ] [ 通報 ]

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甲山神呪寺へA(空海の足跡をたどる)

 神呪寺の由来を調べると

 

 天長7年(830年)に弘法大師空海は本尊として、甲山山頂の巨大な桜の木を妃の体の大きさに刻んで、如意輪観音像を作ったという。この如意輪観音像を本尊として、淳和天皇の妃、真井御前(まないごぜん)は弘法大師に帰依し仏門に入り如意尼と改名、天長8年(831年)10月18日に本堂を竣工し、神呪寺を開基したとある。


 まさにここが甲山大師と言われる由縁である。

 

                  神呪寺 大師堂


 本堂そして大師堂でお参りを済ませ、寺務所へ向かった。


 ご朱印を頂くとき、一冊の本が目に留まった。手に取って見ると、西宮歴史調査団調査報告書 第1集 甲山八十八ヶ所と書かれていた。

 

 江戸時代後期には八十八ヶ所遍路・巡礼が流行ったのであろう。今でこそ簡単に四国に行ける時代だが、当時ではとても遠いところである。


 そこで、誰でも四国遍路を体験できるよう、寛政10年(1798)に四国八十八ヶ所の各札所の砂を持ち帰り、それらを神呪寺境内の南部に敷いて、「甲山八十八ヶ所」が建立されたと書いてあった。

 

 さらに、「はじめに」を引用すると、西宮教育委員会は、平成5年から1年半ほどかけて石造物を調査して、「神呪寺八十八ヶ所調査報告書」を平成9年3月に刊行した。しかし平成7年の大震災で石造物は少なからず被害を受け、さらに震災から20年になろうとする今、現状の変化はよぎなくされている。
 そこで西宮歴史調査団では、「神呪寺八十八ヶ所調査報告書」を片手に石造物群の現況を確認調査することにした。


 甲山八十八ヶ所の石造物群は、六甲山系の東南麓に位置する甲山の中腹にある神呪寺境内にある。全体としての保存は良好で、最大二メートルにもなる石造物が製作された背景には、江戸時代の当西宮における観音信仰や弘法大師信仰などの民間信仰があった。また、石造物に刻まれた寄進者名は、西宮・兵庫・大坂などの町人であり、ここから町人の仏教への信仰、町人たちの交流など江戸時代の町民文化を知る端緒ともなっている。

 

      冊子には八十八ヶ所石造物群の所在地図が挿まれてあった

 

 西宮歴史調査団は、平成18年から活動をはじめた市民主体による文化財調査ボランティアで、無数に点在する歴史資料を四つのテーマ(寺院・街道・地蔵・橋梁)に分け、現在も30人ほどが調査活動を続けている。
 毎年、活動報告会を行っているとあるので、ぜひ参加したいものだ。

 

 ここ神呪寺で、弘法大師信仰が脈々と受け継がれているのを感じとったが
今の世ではどうなのであろう・・・

 

 最後に神呪寺の御詠歌を載せます


    「来てみれば すがたも花のかぶと山 寺もわが身も薄雲の中」

 



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さとっさん、こんばんは。
LadyJさんのところでのお話は、甲山八十八か所のことだったのですね。昔歩いたことはありますが、ちゃんとお参りはしていません。
にゃんこさんが、調査団の一員として携わられて、個人的にWEBで紹介されていますね。
http://nishinomiya.areablog.jp/page.asp?idx=1000061272&category_idx_sel=10068103

いずれ、神呪寺も鷲林寺も聖地巡礼でお参りに行こうと思っています。

[ もしもし ] 2014/02/24 22:38:57 [ 削除 ] [ 通報 ]

もしもしさん、ありがとうございます。
にゃんこさんの記事も読ませていただきました。

昨年11月頃からブログを始めたので、誰がどんな記事を書いているのかわかりませんでした。ご紹介ありがとうございます。


神呪寺、鷲林寺の聖地巡礼。報告を楽しみにしています。

[ さとっさん ] 2014/02/25 0:16:02 [ 削除 ] [ 通報 ]

今年度の活動報告会は3/8(土)9:30〜12:00の開催予定です。
http://www.nishi.or.jp/contents/0002304300040004800236.html
歴史調査団関係のイベントは市政ニュースや市のHPで案内が載りますのでまたよろしく<(_ _)>

[ にゃんこ ] 2014/02/25 10:29:29 [ 削除 ] [ 通報 ]

あ、尼崎市民でいらっしゃいましたね、失礼しました。
西宮市民でなくても(今年度は芦屋市民がいます)西宮歴史調査団での活動は
できますので、ぜひまずは活動報告会にお越しください<(_ _)>

[ にゃんこ ] 2014/02/25 10:38:44 [ 削除 ] [ 通報 ]

にゃんこさん、早速の連絡、案内、ありがとうございます。
朝の早いのは弱いですが、がんばって参加しようと思います。

[ さとっさん ] 2014/02/25 11:11:29 [ 削除 ] [ 通報 ]

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甲山神呪寺へ@(空海の足跡をたどる)

 21日、Jさんのお店で長居し過ぎて行けなかった甲山神呪寺。この日は妻と二人、車で出かけた。


 大体の道はわかっていたが、一応ナビをセット。だが満池谷を過ぎて、出てきた五差路で道を間違ったようだ。

 一つ左に入ってしまって阪急甲陽園の駅まで行ってしまった。どうもナビとは相性が悪い。方向を転換して進むと思い出のある道に出た。「はり半」がなくなったのを聞いていたが、やはりそうで、大きな分譲マンションに変わっていた。
 ここまで来ると神呪寺はすぐそこだ。


 甲山には何回か登ったことがあるが、神呪寺は初めてである。


 神呪寺に着いて驚いた。石段を上がると右手に、これまで見てきた中では一番大きな鐘楼がそびえたっている。


 鐘そのものは大きくないが、世界大戦勃発の余波で、梵鐘が応召され、今あるのは昭和33年に鋳造された物だという。


 大きな造りの梵鐘は、阪神淡路大震災でも落ちなかったので「落ちない鐘」と言われているそうだ。

 

 阪神間を眼下に見ながら一突きさせてもらった。


 あまり強く打ち過ぎたのか、やや高め感の音が大きく鳴り響いたのでドキッとした。

 

        下から見ると甲山を背に大きな鐘楼が

 

                      神呪寺 本堂


  この後本堂に向かったが、記載は次にさせて頂きます。

 

 



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スゴーイ

[ 六甲山(赤) ] 2014/02/23 0:14:46 [ 削除 ] [ 通報 ]

交差点は一番左に行かないかぎりは甲陽園の方に行きます。神呪寺の鐘の音は風の向きで、時によく聞こえます。ながらく行きませんが、鐘楼な柱ににある浄財入れの木箱がおもいだされます。

[ ふく ] 2014/02/23 8:35:33 [ 削除 ] [ 通報 ]

ふくさん、ありがとうございます。
立派な鐘楼でした。古そうな浄財入れに20円を入れました。
鐘の音はかなり遠くまで響きそうですね。大きな音でした。

[ さとっさん ] 2014/02/23 10:40:58 [ 削除 ] [ 通報 ]

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門戸厄神へ(空海の足跡をたどる)

 四国88ヵ所遍路、西国33所巡礼を終えてから、私は今、弘法大師ゆかりの寺院を巡っています。


 今回は門戸厄神に行きました。

 
 門戸厄神は正式名、「松泰山 東光寺」と言い、嵯峨天皇の勅願により弘法大師空海が開いたお寺です。空海は愛染明王と不動明王が一体となった厄神明王像(両頭愛染明王像)を三体刻み、高野山の天野大社、山城の石清水八幡宮、門戸東光寺へそれぞれ国家安泰、皇家安泰、国民安泰を願って勧請しました。現在残っているのはここ東光寺だけであるといいます。

 

 2月16日(日)午後1時、門戸厄神駅から参道を行くと多くの参拝帰りの人と会いました。まずは笹舟倶楽部さんのお店に寄ってからと、店を探したが分からず、電話をして何とかたどり着きました。2時間近くいたでしょうか、それから厄神さんに向かいました。

 

 笹舟さんの店から西に進むと腹切地蔵さんに出会いました。この場所は有馬街道と甲山参詣道の交差点だそうです。腹切の由来も書いてありました

 

 表門から入ると石段がありました。男厄坂42段、女厄坂33段、前回(25年前)来たときには無かったと思います

 

 厄除け祈願の祈祷受付には列ができていました。大祭が済んでも、まだ沢山の人が来るんですね

 

 参拝者たちは、ご本尊が祀られている薬師堂(写真右奥)ではなく、厄神堂(写真中央)の前でお参りしていました。堂内には秘仏の厄神明王像がおられるそうです

 

 私の目的はここ大師堂(何故か参拝者はいません)。もちろん諸堂すべてお参りしましたが、ここでは読経してゆっくりとお参りしました。

 

 

 次は甲山にある神呪寺(甲山大師)を目指します。

 



弘法大師
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私の娘も本厄で行きましたよ!

[ kyoko ] 2014/02/20 12:01:05 [ 削除 ] [ 通報 ]

kyokoさん、こんにちわ。
この前、お孫さんを自転車に乗せているときお会いしましたね。誰とでも挨拶できるんですね。私の孫はまだまだ無理です。
お互い成長が楽しみですね(^-^)

[ さとっさん ] 2014/02/20 13:10:04 [ 削除 ] [ 通報 ]

孫は可愛いいですね❗️
今年から幼稚園です。えりが、楽できそうなか^_^

[ kyoko ] 2014/02/20 20:07:42 [ 削除 ] [ 通報 ]

もう幼稚園ですか。早いなあ。
でも、まだまだ孫守りは続きそうですね! お疲れ様で〜す

[ さとっさん ] 2014/02/20 20:32:25 [ 削除 ] [ 通報 ]

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「たくじろう」さんからこのブログを教えてもらいました。ほとんど自宅でPCと過ごしています。あえて趣味をあげるのなら、お寺の参拝でしょうか。
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