思いついたまま

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甲山88ヶ所巡り(最終)

   甲山88ヶ所巡りの報告も最後になりました。

 

 何故ここ神呪寺の南一帯に88ヶ所が創設されたのか、それについては神呪寺の歴史を紐解かねばなりませんが、私にはそれだけの知識は持ち得ていません。
 そこで報告書を引用します。神呪寺に「四国八十八ヶ所石像施主過去帳」が残されており、第62代蓮眼が序文を記している。そこには、本朝の霊区で弘法大師の遺跡である神呪寺に四国八十八ヶ所の霊像を模彫造立することを宿願としている二、三人の信士らの発言が契機だったように記されている。そして、諸檀徒の霊名を集め、極楽往生・追福回向供養・現世安穏を願うのだとしている。とありました。

 

 神呪寺本堂落慶は天長8年(831年)とあり、その後幾たびの栄枯盛衰を繰り返し、現在の地になったのは寛延2年(1749年)といわれています。
 甲山88ヶ所創設が寛政10年(1798年)ですから、四国遍路が始まってからおおよそ1000年後になり、この間ずっと、神呪寺、そして弘法大師信仰が引き継がれてきたのですね。凄いことです。


 1番にあった石柱の銘文に「世話人 播磨屋 亀屋 桶川」とありますが、播磨屋とは21番の施主で世話人頭の「平兵衛」らしく、西宮の町人たちの中に複数の世話人がおり、それら町人が中心となって創設に至ったのでしょう。


 また弘法大師像の施主には、西宮(16体)以外に、尼崎(13体)、大坂(31体)などからの名があり、神呪寺、そしてお大師さんへの信仰心が多方面にも強く広がっていたこともわかります。

 


  《第87番 長尾寺 本尊 聖観世音菩薩》

86番からすぐ北にありましたが、道はここで行き止まりになっています。
向かって左には不動明王立像がおられます。

 本尊像、弘法大師像以外に石仏が置かれている所は他にもありますが、不動明王があるのはここ87番だけです。

 

 

  《第88番 大窪寺 本尊 薬師如来》


87番から先は行き止まりになっているので、引き返して神呪寺本堂に向かいます。

  ↑石段の正面に見えているのが本堂です

 本堂の左にある大師堂との間に最後の88番がありました。

最後のお参りです。妻と二人、経典を読誦し、お経を唱えました。

 

 

 私が甲山88ヶ所を巡るきっかけとなったのは、弘法大師の足跡を辿ろうとして神呪寺に行き、そこでご朱印をもらった時でした。
 妻が何気なく、並べてあった冊子を見て、私に差し出したのです。
「西宮歴史調査団調査報告書 第一集 甲山八十八ヶ所」という本でした。


 家に帰ってからゆっくりと読んでみて、「こんなのが甲山にあったのか」と感心し、さっそく廻った次第です。

 1回目の13番までは一人で行きましたが、2回目、3回目は妻が同行しました。

 

 

 拙い文書でしたが、私の「甲山88ヶ所巡り」を見て頂いた皆様には感謝いたします。ありがとうございました。

 




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内容楽しく拝見させて頂いてます。
西宮の甲山なので久しぶりに登りたくなりました。
又、みじかな書き込みお願いします。

[ グッさん ] 2014/05/12 10:41:55 [ 削除 ] [ 通報 ]

グッさん、コメントありがとうございます。
88番を終えたあと、甲山に登りました。かなりキツかったです。
甲山88ヶ所はハイキングコースには最適だと思います。歩くだけなら2時間もかからないです。68番辺りから見える甲山はとてもきれいですよ!

[ さとっさん ] 2014/05/12 11:58:07 [ 削除 ] [ 通報 ]

さとっさん、こんにちは。
おつかれさまでした。
参考にさせていただきながら、わたしもゆっくり回りたいと思います。ごめんなさいJさんのところ、まだ行けてません。

[ もしもし ] 2014/05/12 18:12:01 [ 削除 ] [ 通報 ]

もしもしさん、コメントありがとうございます。
お大師さんの癒しを求めて廻っておりました。ところが大師像の傷みが激しいところが多くあって、がっくりもしました。なんとか修復してほしいですね。
Jさんの方は、私はいつでもかまいませんのでヨロシクです。

[ さとっさん ] 2014/05/12 22:55:31 [ 削除 ] [ 通報 ]

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甲山88ヶ所巡り 43

 バス道から北に入った83番から87番までの札所があるこの辺りは、枯れ木や枯葉が散在して整備もされず、これまでとは雰囲気が違っていました。

 

 《第85番 八栗寺 本尊 聖観世音菩薩》

  84番から北東に進むとありました。

 四国本場 八栗寺の本尊は聖観音ですが、ここにおられるのは千手観世音菩薩です。
 台石の銘文にも「八十五番 千手観音」とあり、本場とは一致しません。


 他に数ヶ所、四国の本尊と一致しない所がありましたが、何故なのかわかりません。

 


 《第86番 志度寺 本尊 十一面観世音菩薩》

  85番から北に進むと石垣の上におられます。

 台石正面には「讃岐国 志度寺 第八十六番 先祖代々」、左側面には「与古道町 深江屋宇左ヱ門」と刻まれ、過去帳とは一致しているようです。

 

 甲山88ヶ所、本尊の施主は、西宮の町人や、神呪村、下大市村、高木村などの神呪寺との関わりが深い村落などで構成されているようです。
 なかでもここ86番の施主・深江屋宇左ヱ門は他にも5ヶ所の施主となっています。

 



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甲山88ヶ所巡り 42

 82番を終えると、次はバス道を挟んで北(神呪寺)側に入ります。残るはあと6ヶ所となりました。

 

  《第83番 一宮寺 本尊 聖観世音菩薩》

 82番から北に進み、階段を下りるとバス道にでます。バス道を北側にわたるとすぐに見つかりました。

 台石正面には「八十三番 聖観音」と刻まれています。左右側には12名の施主名が刻まれていますが、過去帳には記されていない名もあるようです。
 弘法大師座像はかなり小さなもので台石もなく、銘文もありません。

 

 

 《第84番 屋島寺 本尊 十一面観世音菩薩》

  83番の北隣にありました。

 過去帳の施主名は「大坂 米屋儀兵衛・太兵衛」とあるようですが、下の四角の台石には「大坂 河勝太兵衛 池田儀兵衛」とあり、屋号が異なります。


 弘法大師座像台石には、たびたび出てくる「イマツ」や他の名が刻まれていて、創設時のものと思われますが、大師座像背面には「本多正夫 四十一才 昭和四十年七月吉日」とあるようです。
 ということは、ここ84番の弘法大師座像は昭和40年7月に新調された(二代目?)かもしれません。わりと新しいものに見えました。

 



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甲山88ヶ所巡り 41

 四国88ヶ所を模した「写し霊場」は全国に多くあるといわれます。近くでは門戸厄神東光寺、鷲林寺、伊丹の昆陽寺にもありますが、全て境内に創られています。それらに比べると、甲山88ヶ所は、神呪寺の前方を取り囲むように石造物が配置され、規模の大きさに感心するばかりです。

 

 

  《第82番 根来寺 本尊 千手観世音菩薩》

 81番から番外を過ぎて、さらに北に進むとありました。

 施主名は讃岐屋藤兵衛で、銘文は台石右側面にあり、過去帳と一致しているようです。

 弘法大師座像台石の銘文は「高木村 古塚久右ヱ門 きく」と刻まれ、同名で過去帳に、「明治29年(1896年)弘法大師石造一体新調」と記されていることが報告書に書いてありました。


 81番のお大師さんが建てられた翌年のことですね。

 

 

 この辺りは82番が最後で、北に下るとバス道に出ますが、その手前に比較的新しそうな石票が建っていました。

 左には「八十八ヶ所参道修理」と刻まれています。

 



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甲山88ヶ所巡り 40

 甲山88ヶ所巡りも残りあとわずかとなってきました。もう少し北に進むと神呪寺前を通るバス道に出ます。

 西宮の地理にあまり詳しくないですが、この辺りまでが目神山なのでしょうか。

 

 

   《第80番 国分寺 本尊 十一面観世音菩薩》

    79番から北に進むとあります。

 台石の銘文は「西宮 住吉屋庄五郎 源蔵」とあり、過去帳とは一致しているようです。

 

 

   《第81番 白峯寺 本尊 千手観世音菩薩》

    80番のすぐ北にありました。

 本尊背面には過去帳には無い戒名が刻まれていると報告書に書かれていましたが、見落としました。


 現存する弘法大師座像は大正5年のもので、過去帳には明治28年、高木村津高庄右衛門の名で新調された大師像のことが書かれてあるそうです。
 その大師像は、81番から北に進んだ所に番外として二体の弘法大師座像が並ぶ右側の物に該当するとあります。

 

 

   《番外第7番・8番》
 81番から北に進むとありました。

 二体の弘法大師座像が並んでいます。

 右側に写っているお大師さんが、先ほど述べた、81番にあった物だと思われています。

 

 甲山八十八ヶ所の創設は寛政10年(1798年)となっていますが、創設時に88ヶ所すべてが揃っていたのか、私にはわかりません。
 弘法大師像も、本尊より後に置かれた物が多くあるように思います。
 この81番の物と思われる初代大師像が明治28年(1895年)だと、88ヶ所創設から約100年後に置かれたことになります。



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甲山88ヶ所巡り 39

 一般庶民が四国遍路に行くようになったのはいつ頃からでしょう。


 今でこそ四国には簡単に渡れるようになりましたが、昔は相当大変な事で、行きたくとも行けない場所だったと思います。

 そんな中、創設された甲山88ヶ所は有難いものであったのは確かです。

 

<報告書から引用した甲山88ヶ所詣での様子です>
 創設半年後の8月には「甲山観世音霊験あるよし、尚八十八ヶ所の石仏勧請ありし事他所他国へ追々相聞、日々諸参詣夥しく、わけて大坂よりハ上荷ふね乗船にて、当浦へ着岸毎日六七艘、次第に参詣弥増、或は拾四五艘、二十艘余、又ハ四五十艘にもおよびし乗合の人々群集して、御高礼場賑々しく、陸地は尼崎道・京海道参詣引もきれす群集せし事、前代未聞の珍事」といわれるまでの人気を博したと、報告書に書かれていました。

 

 今年、四国八十八ヶ所霊場では開創1200年を迎え、大変賑わっているようです。

 

 

   《第78番 郷照寺 本尊 阿弥陀如来》

     77番から北西に進むとありました。
 左奥には79番の石堂が見えます。

本尊の総高は188pで、かなりの大きなものです。銘文もはっきりと読めます。

 

 

    《第79番 天皇寺 本尊 十一面観世音菩薩》

    78番の西側、石堂の中におられます。

 石堂の手前右には五輪塔の一部が置かれていました。


 



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甲山88ヶ所巡り 38

   《第76番 金倉寺 本尊 薬師如来》

   75番から北西に50mほど行くとありました。

 銘文と過去帳の施主名は一致しているようで、創設時の物と思われます。


 報告書の写真はモノクロですが銘文がはっきり写っているのに、私の撮った写真はだめですね。
 意識してアップで撮った写真もあるのですが、後で見るとほとんどわかりません。

 

    《第77番 道隆寺 本尊 薬師如来》

   76番から北に進むとありました。
 この77番も銘文と過去帳の施主名は一致しているようです。

 

 土台が傾き、本尊薬師如来立像の下に石を挟んで補強?してありましたが大丈夫でしょうか。

 

 もう一度甲山88ヶ所石造物の位置図を載せました。

 



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甲山88ヶ所巡り 37

  《第75番 善通寺 本尊 薬師如来》

 

     74番から北西に進むとありました。

 弘法大師座像の台石銘文に「イマツ 米屋吉良兵ヱ・・・・」と刻ま

れています。「イマツ」の名は他でもたくさん見かけまが、すべてが弘

法大師像台石にあります。「イマツ」は人名だと思うのですが、どんな

人だったのでしょう・・・

 

 

 ここのお大師さんの頭部も、報告書の写真とは変わっていました。
「にゃんこ」さんが2007年9月撮られた写真をみると、顔がはっきりと写っ

ています。
 それ以後に崩れて下の写真のようになったと思います。

 甲山88ヶ所石造物の、本尊像は主に花崗岩で、弘法大師像は砂岩で

創られています。

 砂岩は軟らかくて細工がしやすいようです。でも、花崗岩に比べ砂

岩は風化しやすいので、大師像の細くなっている首の部分が崩れやす

いのでしょう。

 



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甲山88ヶ所巡り 36

「便りの無いのは良い便り」という言葉があります。


 以前なら、従兄弟や二従兄弟から、「結婚した」、「子どもが生ま

れた」の、めでたい連絡のやりとりがありましたが、この年になると

そんな話題もなくなり、つい疎遠になっています。


 ここ二週間で2件の電話が私にありました。いずれも御不幸を知らせ

るものです。
 最初のは、私たちが西国33ヶ所に行く前日でしたが、式日程がずれ

込んだので、お通夜、お葬式は参列できました。
 1番札所青岸渡寺でのお参りは格別で、如意輪観世音さまに、義理の

伯母(享年89歳)を、極楽浄土へお導き頂きますようお願いしました。
 その一週間後にまた電話がありました。49歳の二従兄弟が突然亡く

なったという連絡でした。
 小さい時には遊んであげたこともありました。幼くして父を亡くし、

母一人子一人で育ったTくんとは、とても悲しいお別れになってしまい

ました。

 

普段滅多にかかってこない電話、これからもかからないのがいいです。

 

 

少し落ち込んではいますが、甲山88ヶ所、74番から続けます

 

    《第74番 甲山寺 本尊 薬師如来》

73番から階段を下りて、やや西寄りに北に100mほど進むとありました。

 

 ここまで何度もお大師さんの頭部のことを書きました。
「無いよりまし」かもしれませんが、74番のお大師さんを見ると、

とても痛痛しく感じます。



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甲山88ヶ所巡り 35

  《第73番 出釈迦寺 本尊 釈迦如来》


番外第6番 役行者像から北に進むと大きな岩の上にありました。

 甲山88ヶ所では、現存する本尊(石仏)が四国本場本尊と一致しない

箇所が少なくありません。
 ここ73番も釈迦如来でなく、薬師如来座像がおられます。


 報告書を見ますと、過去帳には釈迦如来と書かれているので、創設時

は釈迦如来だったのでしょう。

 

 

 私が行った時(2014.4.14)には、弘法大師座像が置かれていま

した。
 報告書の写真(2011.12)には無く、また「にゃんこ」さんのブ

ログ記事にもなかったです。


 弘法大師座像は比較的新しいもので、ここ最近に置かれたもの

だと思います。

 

 もう一度報告書を見ますと、施主「呉田邑 吉田喜五郎」、弘法

大師台座銘文は「大坂 紀伊国屋伊助 丁字屋源兵ヱ 八つたや庄

七」とあり、これら人物の中の縁の人が建てられたのでしょうか・・・


いずれにせよ、甲山88ヶ所信仰が今も続いている証を見た思いです。

 

       南無大師遍照金剛

 



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さとっさん
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「たくじろう」さんからこのブログを教えてもらいました。ほとんど自宅でPCと過ごしています。あえて趣味をあげるのなら、お寺の参拝でしょうか。
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