思いついたまま

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教王護国寺(東寺):京都十三仏霊場 第12番

 5月21日から廻りだした京都13仏霊場の12番札所「東寺」は、西本願寺の近くにあります。祖父母と父の年忌法要の後、帰りにお参りしてきました。
 昨年の法要後にも立寄ってきましたが、お参りしたのは納経所の置かれている「食堂」だけでした。今回同行した母が東寺は初めてだったので「講堂」、「金堂」、「五重塔」も見て廻りました。

 父の死後40年、毎年6月21日(父の命日)には西本願寺へのお参りを欠かさなかった母。毎月21日といえば「弘法市」で賑わう日なのに、東寺が初めてとは驚きでした。


5人で向かったのは まず「食堂」から

 拝観受付(手前)から撮った「食堂」

 食堂内にある納経所で、御朱印をもらっている時に母の様子を見ていると、仏像の前で両手を合わせ、本尊「十一面観音像」をじっと眺めていました。その後堂内で催されている「陶彩画展」も観ていたようで、元気に歩き回っていて安心しました。

 

次は有料エリアの「講堂」へ

 

 堂内、白亜の壇上には大日如来を中心とした五智如来(阿しゅく、宝生、不空成就、阿弥陀)、


向かって右(東方)には金剛波羅密多菩薩を中心とする五体の菩薩像(金剛薩埵、金剛宝、金剛業、金剛法)、向かって左(西方)には不動明王を中心とした五体の明王像(金剛夜叉、降三世、大威徳、軍荼利)が安置されています。また、須弥壇の東西端にはそれぞれ梵天・帝釈天像、須弥壇の四隅には四天王像(多聞天、持国天、広目天、増長天)。

 以上、全部で21体、これは弘法大師の密教の教えを表現する「立体曼荼羅」といわれています。

 

 母も弟夫婦も、これらの仏像を食い入るように見つめていました。意外と参拝者が少なかったのでゆったり見ることができました。
  13仏の仏さまは「大日如来」です。

 

つづいて「金堂」  講堂(右手前)と右奥に金堂

国宝の金堂は東寺の中心堂宇です。
 中央に祀られた本尊・薬師如来坐像の両脇侍には日光、月光菩薩、台座の周囲には十二神将像が配されていて光り輝いています。

  (パンフレットから)

 

最後に「五重塔」を見て帰路につきました。

 

 ほとんど写真を撮らなかったので「京都ぶらり歴史探訪」という、BS-TBSの録画写真を使いました。


 今日(21日)は父の命日(昭和53年没)。いつもなら毎年この日に本願寺へ行くのだが・・・弟夫婦の都合で17日にお参りを済ませたので、母は朝から仏壇の前で一人、観無量寿経を唱えていました。元気です!!!!!

 



母は元気です!

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本願寺〜ランチバイキング

 昨日(18日)8時前、ドーン!と下から突き上げられる地響きで叩き起こされました。大きな横揺れが少し続いたが、ただ治まるのを待って その場に座り込んでいるだけだった。阪神大震災以降、もう地震はこないだろうと思っていただけに まさかの出来事です。幸い我が家は棚の小物が少し落ちただけで済みましたが、みなさま方は どうだったのでしょうか?

 日付が変わった0時31分、震度4の余震にも驚かされたが、今後は 大きな余震が起きないことを願うばかりです。


 前日の日曜日に本願寺での永代経法要の後、土産物を買ってから、お昼は新都ホテルのバイキングに行きました。

 お店は一階にある「ル・プレジール」、

 

土日は二部制となっていて後の部は1時15分から。予約を取って45分待ちました。


 昨年母は体調不良でお参りができず、今年もどうかな?と思っていたら「行く」と言うのでバイキングは初めてでした。大谷本廟〜本願寺〜土産物店と、歩き回って しんどそうにしていましたが、私の倍以上の量を食べていたので安心しました。

 

 

 本願寺の話に戻りますが、阿弥陀堂や御影堂の縁側などの亀裂や穴を補強するのに「埋め木」という方法で修繕されています。
 何気なく歩いていると気づきませんが、じっくり探すとあちこちに動物や植物など、様々な物が見つかります。

 

 

 単なる補修だけではなく、工夫を凝らした埋め木は当時の大工さんの遊び心が伺えますね。

 この日は親子連れが探し回って写真を撮っていましたよ(^0^)

 



埋め木
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 本当ですね 日本人はしゃれっ気があったんですね センスありますね☆彡私も色々と真似したいです。

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2018/06/20 8:49:04 [ 削除 ] [ 通報 ]

そろそろかな?とは思いましたが…
大きな地震になってしまいましたね。

堺[ なにわのオオカミ ] 2018/06/21 3:24:50 [ 削除 ] [ 通報 ]

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今日は祖父母と父の永代経法要で西本願寺へ!

 今日は祖父母と父の永代経法要で西本願寺へ!弟夫婦と母の5人で行ってきました。命日が近づくと本願寺から案内(3人)が届きますが、今年は祖父の50回忌で、おそらくこれが最後の案内かと思われます。


 お勤めは11時30分からなので、今日は先に大谷さん(大谷本廟納骨堂)をお参りしてから本願寺へ。

 

 意外と時間が掛かってしまい、本願寺着はお勤めが始まる10分前でした。


 法要は、法話を合わせて20分ほど。日曜日なのでお参りも多く、20家族ほどだったでしょうか。前の席から順番に焼香をして後ろへ回ります。

 中には説明を聞いていなかったのか、後ろに回らない家族が居て迷惑を掛けていました。


 お参りが済んだ後、必ず寄って行くのが「亀屋陸奥(かめやむつ)」

本願寺ゆかりの銘菓「松風」を土産に買って帰ります。


 亀屋陸奥は、京都山科に本願寺が建立(文明十五年、西暦1483年)された頃から創業の京菓子の老舗で、代表的な菓子が松風です。

 

 いつも買うのが「徳用袋」!。 丸状の松風を切り分ける際に出る切れ端を袋詰めしたものです。


 西宮ブログの「西野宮子さん」から要望がありましたので、店内の写真も撮ってきました。

 

 


何十年も買い続けている松風なのに、私は一度も食べたことがありません。

 今日は仏壇にお供えするので食べるのは明日以降。今度は無くならないうちに食べなくては!

 

亀屋陸奥の隣は京漬物の「西利」

こちらも必ず寄って買って帰ります!?

 



亀屋陸奥・松風
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「五台山 清凉寺(嵯峨釈迦堂)」:京都十三仏霊場 第2番

《前回、嵯峨の虚空蔵さん「法輪寺」:京都十三仏霊場 第13番からの続きです》

 

 法輪寺のお参りを終えて、次は「清凉寺」へ。境内を出て北に歩いていくと「渡月橋」が見えてきた。

 さすがに京都では有名な観光地だけあって人出が半端でなく橋の上は人だかり、その殆どが外国人だ。清凉寺は ここから北へ1.2`ほど。途中にある踏切(JR嵯峨野線)辺りまで人込みをかき分けるようにして歩いた。


「仁王門」の到着は14時。

 

 初層には室町時代作の仁王像、上層には十六羅漢像を祀る大きな建物で とても高く感じた。

 

境内に入って左に「多宝塔」

 

「鐘楼」

 

正面に「本堂(釈迦堂)」

五台山 清凉寺
  宗派:浄土宗
  本尊:釈迦如来
  創建年:寛和3年(987年)
  開基:「然(ちょうねん)
  京都十三仏霊場2番で通称「嵯峨釈迦堂」と親しまれている。

 

 本堂は元禄14年(1701年)、徳川五代将軍 綱吉、その母 桂昌院らの発起により再建されたと由緒が書かれていた。

 

本堂の東隣に「阿弥陀堂」

文久3年(1863年)の再建

 

 参道を挟んだ東側には、堂の正面に傅大士(ふだいし)父子像が安置された「一切経蔵(輪蔵)」がある。

 

境内を見て回ったあとは本堂内に入った。

 本尊釈迦如来像は「清凉寺式釈迦像」と云われ、1954年に本像の背面にある背板をはずして調査したところ、内部から造像にまつわる文書、開基:「然の遺品、仏教版画など多くの「納入品」が発見された。これらの納入品は、像とともに国宝に指定されている。

 堂内左右の縁に絵画や書や仏像などが置かれていたが撮影はNG!

 

本堂の裏から方丈へ続く「渡り廊下」

 

池の前に「弁天堂」があって

 

周りは池遊式庭園と云われるものだとか、新緑がまぶしかった。

 

平成30年(2018年)5月21日(月)

  とんでもないことが起きた日でもあった


 三ヶ寺を廻って帰路についたが足取りは重く 友人との思い出が頭の中を駆け巡っていた

 



「五台山 清凉寺(嵯峨釈迦堂)」
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やはり中国人ですか 
 とんでもないこと?って

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2018/06/12 8:38:00 [ 削除 ] [ 通報 ]

 ご友人が亡くなられたと言う記事なんですね 

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2018/06/14 9:17:35 [ 削除 ] [ 通報 ]

モンセさん、13仏霊場を廻り始めた その日、友人が急死しました。詳しいことは またお店に伺った時にお話しします。

[ さとっさん ] 2018/06/14 17:47:07 [ 削除 ] [ 通報 ]

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嵯峨の虚空蔵さん「法輪寺」:京都十三仏霊場 第13番

   《前回、「智積院」京都十三仏霊場 第一番からの続きです》

 札所を回る巡礼といえば真っ先に浮かぶのは四国88ヶ所や西国33ヶ所でしょう。特に西国などの観音巡礼は信仰が根強く、全国各地に霊場(会)が広がっています。もちろん88ヶ所も四国だけにとどまらず各地に広がり、摂津国88ヶ所も その一つです。ともに草創は1200年〜1300年前と云われていますから、日本人の信仰心の強さがうかがえます。


 この度廻りだした十三仏は、人がまともに一生を全うできないような乱世の時代、不安定な社会情勢である中世(室町時代頃)に生まれ、あらゆる宗派を超えて信仰されてきたようです。
 全国では19ヶ所の十三仏霊場があり、京都十三仏霊場会の発足は昭和56年(1981年)と知りました。近場では他に大阪、神戸、淡路島にもあるようです。

 

 京都十三仏霊場の仏像名と寺院は下記の通り、古都京都の由緒ある寺ばかりで、中には訪れたことのある所もあります。

 

1番 不動明王    五百佛山 智積院
2番 釈迦如来    五台山 清凉寺(嵯峨釈迦堂)
3番 文殊菩薩    円通山 戒光寺
4番 普賢菩薩    梵王山 大光明寺
5番 地蔵菩薩    法雲山 大善寺(六地蔵)
6番 弥勒菩薩    月輪山 泉涌寺(みてら)
7番 薬師如来    福聚山 平等寺
8番 観世音菩薩   瑞応山 大法恩寺(千本釈迦堂)
9番 勢至菩薩    大内山 仁和寺
10番 阿弥陀如来   五位山 法金剛院
11番 阿しゅく如来  牛皮山 隋心院
12番 大日如来    八幡山 教王護国寺(東寺)
13番 虚空蔵菩薩   智福山 法輪寺

 

智積院の お参りを終えて、次は嵐山の二ヶ寺に向かいました。

 

まずは「法輪寺」へ!
 1番 智積院のあと、いきなり13番札所ですから「これでいいのかな?」と気がひけましたが、順番はどう廻ってもいい、という事で・・・

 

 嵯峨の虚空蔵さんとして親しまれる法輪寺は、名勝嵐山の中腹にあって阪急嵐山駅から徒歩5分だとか。


13時23分、法輪寺の入口に到着。

嵐山駅着は13時13分だったので10分掛かったことになります。

 

「山門」をくぐると

 

上り坂の石段

 

登りきった正面に「本堂」

 

「智福山 法輪寺」京都十三仏霊場13番
宗派:真言宗五智教団
本尊:虚空蔵菩薩
創建年:和銅6年(713年)伝
開基:行基(伝)

 

  由緒書きによると

 

 空海の弟子「道昌」が中興して虚空蔵菩薩像を安置し、貞観16年(874年)には伽藍が整えられ、寺号を葛井寺から法輪寺に改めた、と書かれていました。

 

本堂左のお堂には「大黒天」が祀られていました。


 「十三まいり」の木札が見えますが、これは13仏のことでは無く、干支を一巡する幼少期から青年期に転換する13歳の時に、成人への儀礼として13歳の災難を払い、成人した後も幸福な人生を過ごせるようにと智恵を授かりに虚空蔵菩薩に祈願します。
 古くは、天皇家や貴族などの限られた人々しか参拝できませんでしたが、江戸時代中期頃から近畿地方を中心に一般の人たちも参拝するようになったのだとか。

 13仏霊場より十三まいりの方が有名なようでした。

 

そう広くない境内に
「多宝塔」と

 

「鐘楼」

 

納経所から奥に進んで行くと、

「展望台」

舞台のようにも見えます

 

 京都市内も一望でき、

後から見ると京都タワーも右端に小さく写っていました。
 仁和寺の五重塔も見えましたよ!

 

    《次回に続けます》

 



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    階段結構ありますね  筋肉痛なりませんでした

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2018/06/08 9:15:43 [ 削除 ] [ 通報 ]

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「智積院」京都十三仏霊場 第一番

 「京都13仏」という霊場巡りを始めた。近畿36不動尊巡礼も結願し、早一ヶ月が過ぎた中、さて次はどうしようかと?、結願祝いで貰った冊子「日本の古寺100選」を読み返してみたり、ネットで他の巡礼を調べていた。

 13仏参りは知人が行っていて話を聞いたことがあるので調べて見ると、近場では神戸、大阪、京都などにあって、どうやら京都の霊場会がしっかりしてそうなので京都に決めた。


 第1番札所は「智積院」。霊場会の本部が置かれたお寺なので13仏の説明も聞けるかな?と思って先月の21日に参詣した。そう、友人が大阪で突然死した日だ。
 智積院は近畿36不動尊巡礼の第20番札所にもなっているので2015.12.28に一度訪れている。この時ブログで詳しく書いていた。⇒  http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000083070/p11322770c.html

 

 着いたのは11時20分、広い道路から境内に入ると すぐ左に御朱印所だが、不在のため10分ほど待った。


「霊場納経帳」と

 

「十三仏のお話」の冊子を買って境内を廻り

 

十三仏 本尊 智彗不動が祀られている
「明王殿(不動堂)」でお参りし、

 

次の札所(嵐山の二ヶ寺)へ向かった。

 

 十三仏信仰を調べていると、智積院のホームページで『死後に“ソナエ”る十三仏信仰 ―“終活”という視点から見る十三仏信仰とは― 』というテーマの講演会の内容を書いた記事があった。

 

とても分かり易く書かれているのでURL↓を貼り付けた。

http://www.chisan.or.jp/chisanha/center/forum/detail/id=772


      (次回に続けます)

 



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京都市中京区の「壬生寺」

 先日 思いつくままフラっと出かけた京都の太秦広隆寺。霊宝館で素晴らしい仏像群を拝観した後ご朱印をいただき、せっかく京都まで来ているのだから、さて次は何処へ行こうかと悩んだ。
 広隆寺を西門から出ると、前に「天下一品」があったので昼食をとりながら調べることにした。
 しかし行ってみたいお寺が見当たらないので、今日はもう帰ろうと・・・。嵐電に乗って、往きは西院だったが終点大宮で降りた。そこにあった案内地図を見ると、近くに「壬生寺」があったので寄って行くことにした。


 壬生寺といえば新選組ゆかりの寺として名高い、これまで大宮は何度も乗り降りしているのに気づかなかった。

  寛政11年(1799年)再建されたという「表門」(正門)

 

 

入ってすぐ右に「一夜天神堂」

 

 中央に一夜天神、向かって右に金毘羅大権現、左には壬生寺の鎮守・六所明神が祀られている。

 

続いて「阿弥陀堂」(写真右。左に写っているのは「弁天堂」)

平成14年(2002年)に再建されたもので、祀られているのは阿弥陀如来三尊像(阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩)。
  中央の阿弥陀様は大きくて顔の表情もよく見惚れてしまった。
弁天堂の本尊・弁財天は秘仏

 

続いて「水掛地蔵堂」

 

「本堂」

壬生寺は律宗の大本山で創建は正暦2年(991年)と伝わる。
 昭和37年(1962年)の火災で本尊共に焼失し、現在の建物は昭和45年(1970年)に再建された。本尊・延命地蔵菩薩立像(重要文化財)は この年、律宗 総本山 唐招提寺から移されたものである。


本堂の左に「千体仏塔」
 パゴダ様式の仏塔に1000体の石仏を円錐形に安置。京都市の区画整理の際に各地から集められたものというが

 

「南門」から見ても異様な感じがした。

 

「鐘楼」と

 壬生寺に唯一残こる塔頭の「中院」が隣にあったのに、正面からの写真を撮り忘れた。洛陽三十三観音霊場・第二十八番札所の本尊、十一面観音菩薩が祀られている。


最後に、門前まで行った「太秦映画村」と

 

広隆寺の「ご朱印」を

 



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「太秦広隆寺」へ!

 昨日(15日)は暖かな陽気に誘われて、行ってきました京都へ! 誕生日に、何か思い出をつくっておこうと、のんびり お寺巡りを始めて3年目。今年は「京の冬の旅」特別公開が催されていたので京都へは5回目となります。

 

 行ったのは「太秦広隆寺」。京都のお寺を巡る時、京福電気鉄道(嵐電)に乗る機会が増え、広隆寺は沿線上にあるのに いつも素通りしていて、とても気になっていたお寺です。


駅から見える「楼門」

この日のお目当ては弥勒菩薩↓

 

境内に入ると左に「薬師堂」

 

「地蔵堂」

 木造地蔵菩薩坐像(腹帯地蔵)が安置されていて、外から見ることができました。

 

楼門から、正面に見えるのは「講堂」

 内陣中央に本尊阿弥陀如来坐像(国宝)、向かって右に地蔵菩薩坐像(重文)、左に虚空蔵菩薩坐像(重文)を安置。
 それぞれの正面になる三つの扉がわずかに開かれ、外からの拝観です。

 

上宮王院太子殿(本堂)

 

 縁側に上がって内陣を覗けますが、本尊の聖徳太子像は秘仏で厨子の中、毎年11月22日のみ特別公開されるそうです。

 

最後に向かったのは新霊宝館
 広隆寺が所有する多数の仏像が展示されています。


手前に受付があって、

左に写っているのは「桂宮院」(国宝)の山門。奈良・法隆寺の夢殿と似た八角円堂ですが現在は非公開。

 

 ネットでは霊宝館の拝観料700円と記されていたのに800円になっていました。古い情報を見たのかな?


 広隆寺で有名なのといえば弥勒菩薩半跏思惟像だそうです。日本で一番美しい仏像と言われ、それがなんと二体もあって霊宝館に展示されていました。


 広隆寺の創建は推古天皇11年(603年)と伝わり、京都では最古のお寺と云われています。パンフレットによると、秦河勝(はたのかわかつ)が聖徳太子から仏像を賜り、それを本尊として建立したと書かれ、その本尊が現存する弥勒菩薩だそうです。

 二体(国宝)はそれぞれ「宝冠(ほうかん)」、「宝髻(ほうけい)」とよばれ、「宝冠弥勒菩薩半跏思惟像」は国宝第一号とされていて館内中央に祀られていました。


 館内は、宝冠弥勒と向き合うように大きな阿弥陀如来像。その他、千手観音、十二神将、不空羂索観音等々、70体ほどの仏像が公開され、間近で観ることができました。中には手の届く位置に置かれた仏像もあるので、監視員が二人いて警備は厳重でした。
 また、境内や建物などの写真撮影も制限されていて厳しかったです。


 京都では有名なお寺と思われるのに参拝客は少なかったですね。一時間ほど居ましたが境内で出会ったのは3人、霊宝館では私一人だけでした。

 

 受付でもらったパンフレットをスキャナして貼り付けたけど、文字が小さいので読めるかな?!

 



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「広隆寺」は若いころによく行きました。
弥勒菩薩さんに会いたくて。
行くたびに安置の仕方が良くなりました。
ほかの仏像も素晴らしいですね。

[ k.imamura ] 2018/03/16 13:14:30 [ 削除 ] [ 通報 ]

k.imamraさん、霊宝館の展示物は素晴らしいですね。特に弥勒菩薩さんは感動しました。間近で観れるのも良かったです。

[ さとっさん ] 2018/03/17 14:40:06 [ 削除 ] [ 通報 ]

歴史探偵の気分になれるウェブ小説を知ってますか。グーグルやスマホで「北円堂の秘密」とネット検索すればヒットし、小一時間で読めます。その1からラストまで無料です。 北円堂は古都奈良・興福寺の八角円堂です。順に読めば歴史の扉が開き感動に包まれます。重複、既読ならご免なさい。お仕事のリフレッシュや脳トレにも最適です。物語が観光地に絡むと興味が倍増します。気が向いたらお読み下さいませ。夢殿と同じ八角形の北円堂を知らない人が多いですね。 東大寺・毘盧遮那仏を造立した聖武天皇の外祖父が登場します。

[ omachi ] 2018/03/17 20:07:07 [ 削除 ] [ 通報 ]

omachiさん、情報ありがとうございます♪ 覗いてみますね。

[ さとっさん ] 2018/03/17 22:59:33 [ 削除 ] [ 通報 ]

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「京の冬の旅」W−B妙心寺「三門」

 1月6日から始まった第52回 京の冬の旅も終盤に近づき、あと1週間となりました。通常非公開となっている文化財、今回初めて公開されるものも多くあり、これを見逃すと次の機会は無いかもしれません。
 先日(7日)訪れた妙心寺、特別公開は「東海庵」、「三門」の2ヶ所で、三門は初公開とのことでした。

 東海庵を出て三度「三門」の前にきますが依然拝観者は多いです。仕方なく団体客に交じって中に入りました。



 三門は境内で唯一鮮やかな朱塗りの建物で、創建は慶長4年(1599年)といわれています。 楼上中央に観音菩薩像。左右に脇侍を従え、周りに釈迦の弟子である十六羅漢像が祀られています。
 向かって右角に位置する羅怙羅(らごら)という羅漢が横を向いています。この羅漢は釈迦の実子で、父が北の法堂で行う説法が気になって後ろを振り向いている姿だとか?。 20分ほど事細かな説明を受けましたが覚えていたのはこれだけ!  天上や梁に描かれた飛龍や楽器など、色彩も鮮やかで素晴らしかったです。

 400年以上経過した今でも現状を保っているのは、通常一般は非公開で、年に一度、6月18日の山門懺法会だけ開かれるとか。 説明中 出入口は暗幕で覆われて楼内は薄暗く、懐中電灯で照らして説明していました。

 外に出ると、上から七堂伽藍や広大な境内が一望できますが・・・ピンボケ(>_<)


遠くには大文字山も見えました。


↓ガイドブック


妙心寺ではもう一つ「おまけ」がありました。
 「法堂」と、明智風呂といわれる「浴室」の公開(別料金)です。

↓浴室



法堂の天井に狩野探幽筆の「八方にらみの龍」と、堂内に置かれた「妙心寺鐘」(国宝)。
 鐘は記年銘のあるものとしては日本最古で、文武天皇2年(698年)の作といわれています。傷みが激しくなったので法堂に移されたもので、録音された鐘の音を前で聞きました。

 「浴室」は天正15年(1587年)、明智光秀の菩提を弔うために創建されたもの。
禅宗のお寺で浴室は数ヶ所見てきましたが中に入ったのは初めてです。

おそらく今回が初めてと思われる御朱印をいただいて帰路につきました。




妙心寺三門
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随分立派な山門なんですね。一度登ってみたいです。

[ mamimi ] 2018/03/12 21:54:48 [ 削除 ] [ 通報 ]

mamimiさん、こんばんは♪
とっても立派な三門でしたよ!! 中に祀られた仏像も見応えがありました。 この三門の公開は3月18日(日)までとなっています。都合がよければ行かれてみてはどうでしょうか?!

[ さとっさん ] 2018/03/12 23:57:04 [ 削除 ] [ 通報 ]

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「京の冬の旅」W−A「東海庵」

 妙心寺は、京都市右京区花園にある臨済宗妙心寺派の大本山で、山号を正法山といいます。全国に約6000ある臨済宗寺院のうち、妙心寺派に属するのは3500ヶ寺といわれていますからその大きさがうかがわれます。
 広い境内に建ち並ぶ三門・仏殿・法堂などの周りには塔頭が46ヶ寺、これもすごい数で最初に来た時は驚きました。
 その塔頭のほとんどは非公開ですが、今回の京の冬の旅では「東海庵」が特別公開となっています。


二年前と同じく阪急西院駅から京福電気鉄道(嵐電)に乗り換え妙心寺駅で下車、

 

妙心寺の「北門」に着いたのは11時40分でした。

 

 境内に入り、真っ先に「三門」に向かいますが、受付前に20人ほどの団体が二組いたので時間をずらすことに。
 先にお昼を済ませようと「南門」を出ると、前に休憩できそうな所があったのでお昼にしました。

 

 いつものパターンでコンビニで買った おにぎりとサンドイッチ

 

南門でユニークなのを発見!

御真言を もじったものですね
  「オン ニコニコ ハラ タテマイ ソワカ」
思わずニッコリしてしまいました。

 

 再び境内に入って三門に行きますが、また新たな団体客が二組いたので

塔頭の「東海庵」から見ることにしました。

 

 東海庵は「妙心寺四派」の一つ、「東海派」の本庵で、全国に多くの末寺を持つお寺だそうです。
 公開されているのは方丈「室中の間」、「書院」と、三つの「庭園」

 

 堂内に入って薄暗い廊下を抜けると、方丈前は一面白砂の枯山水庭園「白露地の庭」。

草木一つ無く、一面一直線にひかれた白砂だけ。

 

 扁額が掛かった所が「室中の間」で、開山・悟渓宗頓の木造が祀られていました。


裏に回ると、中庭のような場所に大小七個の石を配した「書院南庭」。

中央の石を軸にして波紋のように白砂が描かれていました。

 

庭園はもう一つ。書院の西に「東海一連の庭」と呼ばれる枯山水。

 松を植えた三つの築山は、不老不死の神や仙人が住む「蓬莱」「方丈」「瀛州」の三島を表し、三尊石や鶴石、亀石が巧みに据えられている(ガイドブックより)

 

 室内は撮影禁止! ガイドさんが、室外はOKなので是非写真に収めてください!
と言うので東海一連の庭の配置図を撮りました。

説明も丁寧にしてくれたのですが私には解らないことが多かったです。
(次回に続けます)

 

ガイドブックの添付を忘れていました(>_<)

 



京の冬の旅 「東海庵」
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「たくじろう」さんからこのブログを教えてもらいました。ほとんど自宅でPCと過ごしています。あえて趣味をあげるのなら、お寺の参拝でしょうか。
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