思いついたまま

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「結願祝い」の同窓会

 今日(4日)は4月の花見に続いての同窓会でした。花見の時からライングループが増えてメンバーは7人。毎日では無いですが、いろいろとトークのやり取りが続いていて、その中で私が近畿36不動尊 結願を報告(トーク)すると、お祝いをしよう!という事になり、グループ以外の同級生にも呼び掛けてくれて立花町の居酒屋(宴)に集まりました。

 


 集まってくれるだけでも嬉しいのに、お祝いといって「色紙」と「本(日本の古寺100選・国宝巡りガイド)」までいただきました。

  ありがたいことです!!!!!


 二次会は花見の時にも行った「カラオケ・スナック」。

 同窓会は6時から始まって11時まで! 話が尽きませんでしたね(^0^)

 



同窓会

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 IT機器を使いこなしている さとっさん 尊敬です。

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2018/05/05 8:59:41 [ 削除 ] [ 通報 ]

モンセさん、いちおう同級生は全員電気科を卒業しています(^0^) スマホに全く興味のないのが数人いてますけど・・・

ところで モンセさん、ブログのコメントは閉じているのですか? コメントできませんけど!

[ さとっさん ] 2018/05/06 0:33:32 [ 削除 ] [ 通報 ]

ガラ携をまだ愛好している自分には出来ない事。LINEは、使い勝手良いんでしょうね?(^_-)

堺[ なにわのオオカミ ] 2018/05/06 23:40:21 [ 削除 ] [ 通報 ]

なにわのオオカミさん、同級生のライングループは7人ですが、他数名はガラ携で充分と言って、スマホに変える気は無いようです。ラインで繋がると何かと便利なんですけどね^^

[ さとっさん ] 2018/05/07 21:41:13 [ 削除 ] [ 通報 ]

 腹の立つコメントがあったので閉鎖しましたが また再開しました 競艇の話題が続きます 負けたり勝ったりの繰り返し☆彡

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2018/05/17 10:08:00 [ 削除 ] [ 通報 ]

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大峰山 龍泉寺A 近畿36不動尊霊場 第31番

   《前回 龍泉寺@からの続きです》

 昭和21年(1946年)洞川の大火で焼失し、昭和35年(1960年)に再建された本堂。

 後方の原生林を背に、龍王池を前方にした朱色に映える建物は鮮やかで、大峯山道場にふさわしい威容を誇っています。


堂内中央に本尊の「弥勒菩薩」


 向かって左、本尊横に「役行者・神変大菩薩」、隣に中興の祖「理源大師」。
右側には「弘法大師」と近畿36不動尊の「不動明王」、五体の像が祀られていました。↓龍泉寺HPより引用

 

 本堂の両脇を守っている二体の鬼は役行者の従者の「前鬼・後鬼」、夫婦の鬼です。

  夫の前鬼は鉄斧を持ち

 

  妻の後鬼は水瓶を手にした姿は

役行者像などのあるところによく見かけられます。

 

本堂で近畿36不動尊 結願のお参りを終えた後は境内を見て回りました。

 本堂の左に「神聖殿」

 役行者神変大菩薩、聖宝理源大師の精霊を泰安し、併せて大峯山各講社先亡先達並びに檀信徒の諸精霊を安置しています。

 

「龍の口」

役行者が発見した泉と伝えられ
 岩窟より湧き出る霊水は水行場へと流れています。

 

「龍王の滝」

龍泉寺の女人解禁に伴い、女性修験者の水行場として建設されたもの。

 

龍王の滝の先に「遊歩道の入口」

 

山の間に見える「吊り橋」

に行けそうですが・・・

 

護摩場

 

寺務所の前に咲いていた花

一本の木に赤い花と白い花!

種類は判りませんが桜≠ナしょうか?

 

 一通り境内を見て回ったつもりですが、帰ってから龍泉寺などのホームページを覗きに行くと、見逃した箇所が幾つもありましたね。

 

 近畿36不動尊、最後の二ヶ寺は道に迷いに迷った巡礼でした。龍泉寺を出たのは15時40分、帰りも つい最近開通したバイパス?(高速道路?)ができていて、
入るかどうか?判断に迷いました。入り口に道の駅があったので休憩がてら道を尋ねると、京奈和自動車道(無料区間)「御所南PA」だったようです。

通って帰りましたがナビは道なき道を進んでいました。

 

 帰尼は17時30分頃かな? 尼崎インターを出て近くの喫茶ポエムへ! 美味しいコーヒーを飲みながら反省会?!?
 二ヶ寺とも素晴らしくて見ごたえのあるお寺で、N先輩も同行して良かったと喜んでくれました。


 近畿36不動尊を結願して、感じたことや思い出など、このあと書き留めておこうと思います。

 



大峰山 龍泉寺
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初めて大峰山に登ったのは小学校4年生の時でした。丁度北海道で洞爺丸が沈没した台風の時で、恐ろしい目にあったのを忘れられません。以来、何十回もお参りしましたが、数年前に洞川の龍泉寺にお参りしただけで、山上へはもう長く登っていません。もう一度若くなって、頂上の大峰山寺にお参りしたいものですが…。

[ imamura ] 2018/04/29 23:32:47 [ 削除 ] [ 通報 ]

さとっさん、こんばんは。
結願おめでとうございます。おつかれさまでした。
洞川へは、天川さんの帰りに行きました。その交差点から遊歩道を歩いて。途中猿の集団に声で威嚇されて怖かったです。
時間が遅かったので龍泉寺はお参りせず。大峰山にも上っていません。
一度訪れなければいけませんね。

[ もしもし ] 2018/04/30 22:40:37 [ 削除 ] [ 通報 ]

imamuraさん、昭和29年の事ですね。そんなに小さい時から大峰山に行かれてたんですか!!!!! 私は小学2年生でした。
 再建は昭和35年と聞いてますので当時はまだ本堂などがなかった時代では!? そのあたりのお話も聞きたいですので近々お店に伺います。
 私も大峰山に行ってみたい気持ちはありますが・・・龍泉寺からだと3時間半掛かるそうですね。

[ さとっさん ] 2018/04/30 23:10:37 [ 削除 ] [ 通報 ]

もしもしさん、こんばんは♪ ありがとうございます。
如意輪寺もそうでしたが、周りに見所がたくさんあって、欲張って行こうとしたのですが何せ道に迷って それどころじゃない状況でした。天川神社にも行こうと計画してたんですがね(>_<)
 大峰山にも行ってみたいが無理でしょうね。もしもしさんの報告を期待してます!

[ さとっさん ] 2018/04/30 23:20:29 [ 削除 ] [ 通報 ]

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大峰山 龍泉寺@ 近畿36不動尊霊場 第31番

    《前回「如意輪寺」Bからの続きです》
 大峰山といえば修験道の聖地です。しかし、大峰山という山は地図を探しても無く、一般的には大峰山寺のある山上ヶ岳のことを指すそうです。
 大峰山寺は阪堺役講と呼ばれる信者の集まりがその鍵を管理し、護持院という五つのお寺が守っていて、そのうち四つは吉野山にあり、ただ一つ龍泉寺だけが門前町の洞川に建っています。

 

 創建は天智6年(667年頃)、役行者が大峰山で修行中、洞川に下って泉を発見し、八大龍王を お祀りしたのが起こりとされています。この泉を「龍の口」と言い、この地を龍神様の住まわれる泉ということから龍泉寺と名付けられました。


 その後、修験道 中興の祖、聖宝理源大師(しょうぼうりげんだいし)によって再興修行され、修験道の根本道場として修行者を迎える霊場となりました。
 龍の口より湧き出る清水によって満たされた池は、水行場としても名高く、修行者の身心を清める第一の行場となっています。

 昭和21年、洞川の大火で堂宇を焼失、現在の建物の殆どは昭和35年に再建された物で、この年から女人禁制も解かれたそうです。

 

 道に迷いながらも、洞川の門前町から

龍泉寺の駐車場に着いたのは14時40分。

 如意輪寺を出たのは13時10分でしたから予定より30分遅れての到着です。


駐車場から境内に入る橋を渡ると、

右の建物は「八大龍王堂」で奥に見えるのは本堂。


「八大龍王堂」は

寺内で唯一焼失を免れたお堂でしたが、近年の老朽化で解体され、平成13年(2001)に再建されました。

 堂内には大峯一山の総鎮守として祀った龍神様・八大龍王尊がおられます。

 

水行の場の「龍王池」

「大峰山第一水行場」


 洞川から大峰山(山上ヶ岳)を登る修験者は宗派を問わず、龍泉寺で水行の後、八大龍王尊に道中の安全を祈願するのが慣例となっています。
 大峯山寺戸開式(5月3日)から戸閉式(9月23日)まで、大峰参りの行者で賑わうそうです。

 

水行場(龍王池)の真ん中に「行者尊」、隣に「不動尊」。

像をずっと見ていると、水行をしなくとも心身が洗われた気分になります。


「総門」

 

「修験門」

 

「鐘楼」

 

「寺務所」 大峰山内道場・龍王講社総本部

の写真を撮ったあと、

 

「納経所」で

 ご朱印をいただき、少しお話を聞いてから本堂へ


 近畿36不動尊巡礼、最後のお参りです!
    (次回に続けます)

 



大峰山 龍泉寺
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懐かしいです。昔、毎年講員を連れてお参りしてました。多い時は50人以上も。わたし恥ずかしながら龍泉寺より正大先達の免状をいただいています。もちろん院号も。

[ imamura ] 2018/04/28 7:15:14 [ 削除 ] [ 通報 ]

imamuraさん、お店で大峰山の お話しを聞かせてもらったことがありましたね。正大先達の事は聞いていなかったので驚きです。さらに院号までとは!感心しております。
また お店で話を聞きに行きます。

[ さとっさん ] 2018/04/28 23:47:49 [ 削除 ] [ 通報 ]

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塔尾山椿花院(とうのうざんちんかいん)「如意輪寺」B

    《前回「如意輪寺」Aからの続きです》

 前回、権現堂のところで記事が書けなくなってしまったが、最後に撮った写真を見て少しだけ思い出した。


宝物殿・庭園内の案内看板の中の

 

「蔵王権現立像」をアップして撮っていたので

 権現堂には、どうやら後醍醐天皇の念持仏・金剛蔵王権現が収められていたようだ。 しかし、観たのかどうか?は、ハッキリ覚えていない。


 如意輪寺公式ホームページに「金剛蔵王権現」の動画がアップされていたのでURLを貼り付けた。↓
   https://youtu.be/gGV-LSPvS2c

 

 庭園に入って宝物殿に向かう時、その前に楠木公親子・桜井の別れの石像があった。

 桜井の別れは、西国街道の桜井駅で楠木正成・正行父子が訣別する逸話である。 桜井駅で別れた後、正成は湊川の戦いに赴いて戦死し、今生の別れとなった。
 右の石碑には唱歌「楠公の歌」2番の歌詞が刻まれていた。

   ♪正成(まさしげ)涙を打ち払い 我が子正行(まさつら)呼び寄せて
    父は兵庫に赴かん 彼方(かなた)の浦にて討ち死にせん
    汝(いまし)はここまで来つれども とくとく帰れ故郷へ♪

 1番は ♪青葉茂れる桜井の〜・・・何故かしら、ここまで憶えているので口ずさむことができる。小学生の時に習った記憶が・・・

 

「宝物殿」

 

 中央に「正行公辞世の扉」、そして「楠木正成公兜割りの刀」や「後醍醐天皇御使用高杯」など、両家ゆかりの品々が展示されていた。
 天井には「如意輪観世音菩薩」の油絵。畳10枚の大きさで、真下の台に仰向けになり、寝たまま上を向いて拝むようで、おねがみの観音と呼ばれている。

 残念ながら堂内は撮影禁止なので外からパチリと!

 

献木の桜が沢山植えられた小高い所の一番上に「多宝塔」

総檜造りの納骨堂で ご本尊は阿弥陀如来


桜の季節、ここから眺める中千本の桜も素晴らしいとか

 

最後は下に降りて「後醍醐天皇御陵」を観て如意輪寺の参拝を終えた。

 天皇家の墓陵としては唯一北向きとなっており、北面の御陵として有名だそうだ。

 

さあ次は最後36ヶ寺目、ナビをセットして大峰山の龍泉寺へ!
 山を一つ越えると金峯山寺に向かう道に出てきた。

桜の季節では混雑する道も この日(20日)は人通りも少ない。


金峯山寺の横を通るのか?と思っていたら手前を左折。
 こんな狭い道がしばらく続いた。


広い道に出ての三叉路!

ここで どちらに行こうか迷った。

 

車のナビは直進を案内している。

 

 目的地の「天川」は標識の中段に書いてあって解り辛いが、直進みたいなのでナビの通り進んだ!


 ところが! 途中からナビが案内しなくなって、止まって確かめると目的地から離れていくみたいだ!
 どうやら間違ったようなので三叉路まで戻った!


 こんな間違いが この日何度あったか! 振り回されているナビに腹を立てていた。
    (次回に続けます)

 



如意輪寺
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塔尾山椿花院(とうのうざんちんかいん)「如意輪寺」A

    《前回「如意輪寺」@からの続き》

とりあえず境内にある建物などを写真に収めた後、本堂でお参りです。
 近畿36不動尊霊場会 公式ホームページで家田壮子さんのコラムを読みますと、
『それはそれは大変大変美しい如意輪観音様がいらっしゃいます。頭に手をやって座っていらっしゃる如意輪観音様ですが、あまりの美しさに魅せられてしまい、ポーッとしたまま動けなくなるほどです。  
 人の心を虜(とりこ)にしてしまう如意輪寺の如意輪観音様は、それほど美しく妖艶なのです。』と、書かれています。

 しかし、ご本尊の如意輪観音は秘仏で本堂も閉ざされていました。残念です。


 如意輪観音といえば近場では甲山の神呪寺ですね! こちらは年に一度、5月18日に御開帳! 今年もすでに案内状が届き、毎年楽しみにしています。

 

如意輪寺での目的は観音様でなくて お不動さん。
 「不動堂」は本堂と鐘楼の間に建っていました。

 

 

 中の不動明王は石造で、左右の二童子(矜羯羅童子・制吒迦童子)も石造。36不動尊で石造のお不動さんは初めてだったと思います。

 大きさは日本最大だそうで、あらゆる災難や難儀なことから救って下さるという事で「難切り不動尊」と呼ばれています。


 この後も道中で難儀(道に迷う)ことが続いたのですが・・・御利益はどうだったのかな? まあ無事で家に帰れたのだから 良しとしましょう。
 36不動尊や他の お寺巡りでも、お参りでは孫(4人)が健やかに成長しますようにと、いつもお願いしております。

 

 ここまで見てきた境内は拝観無料ですが、宝物殿、御霊殿、多宝塔などのある境内は拝観料(400円)が要ります。
 入り口は庫裏の受付所。ご朱印もお願いして中に入りました。

 

初めにあるのが「御霊殿」

 後醍醐天皇自作の木造像を安置していますが非公開で、扉も閉まっていました。


斜めからの写真。

 

隣に「権現堂」だが!!!

 はて!困った!ここは何だったのか! まったく思い出せず、ブログを書くのが止まってしまった。

 写真もこれ一枚だけで、撮ったことすら覚えていない!
  いくら考えても浮かんでこないので今回はここまでにしよう!
      (次回に続けます)

 



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塔尾山椿花院(とうのうざんちんかいん)「如意輪寺」@

    《前回からの続きです》

 金峯山寺、吉水神社などがある吉野山からは谷ひとつ挟んで離れた山の中腹に位置する如意輪寺は、平安時代の延喜年間(901年 - 922年)に日蔵上人によって開かれたと伝わっている。
 南北朝時代、後醍醐天皇が吉野に行宮を定めた際に勅願所とされたが、天皇は還京叶わぬまま崩御して本堂裏山に葬られた。以来寺運は衰えたが、慶安3年(1650年)文誉鉄牛上人によって本堂が再興され、その際に真言宗から浄土宗に改宗された。


 また正平2年(1346年)、楠木正行(まさつら)が四條畷の戦いに出陣するに際し、一族郎党とともに当寺にある後醍醐天皇陵に詣で、辞世の歌「かへらじと かねて思へば梓弓 なき数に入る 名をぞとどむる」を詠んだ句は本堂の扉に鏃(矢じり)で刻まれ、現在は宝物殿にその扉が保存されていた。静寂につつまれた境内には正行一行(143名)の髷塚もあった。

 

 創建年は解らないが、たくさんの千社札が貼られた(裏?)山門に、「吉野朝勅願所・楠木正行公遺跡」、左に「近畿三十六不動尊第三十番霊場」と書かれていた。

 

境内に入って まず見て廻ったのは拝観受付になっている「庫裏」から。

 

そして「本堂」

慶安3年(1650年)再建
 ご本尊の如意輪観音は秘仏で、堂内にも入れなかった。

 

如意輪寺の説明書き

 

本堂の前に「後醍醐天皇 腰掛石」と右に「楠木正行公お手植えの木斛(もっこく)」

 

本堂の先に「山門」

どうやらこちらが正門と思われるが
 境内図では分からなかった


本堂と相対するように あったのが「役行者堂」

 役行者といえば修験道の開祖とされ、左右に前鬼と後鬼を従えた姿をよく見るが、お一人だけで質素な建物の中に祀られていた。左に写っているのは鐘楼堂。
    (次回に続けます)

 



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近畿36不動尊巡礼を結願(満願)した! が・・・

 近畿36不動尊巡礼も4月6日に一ヶ寺(明王院)を終え、残るはあと二ヶ寺! 昨日(20日)、二ヶ寺を巡って! ついに! 結願(満願)となった!
 しかし この二ヶ寺、めちゃくちゃ道に迷って難儀した。行きも帰りも!


 最初に向かったのは奈良県吉野山の「如意輪寺」。ナビでは阪和自動車道〜南阪奈道路に入って葛城市の国道165号線へ! 所要時間は約2時間。
 ところが何処で迷ったのか解らず、自分で自分に腹を立てて悔しいので帰ってから調べて見た。すると、「香芝SA」で休憩したのを思い出した。 この香芝SAは阪和自動車に無いので、「西名阪自動車道」を進んだようだ。

 間違った場所は阪神高速14号松原線の「松原ジャンクション」! そこから阪和自動車に入れなかったようだ。


 香芝SAで休憩後、ナビ通り進んでいたように思うが、何処のインターで降りたか?全く覚えていない。一般道に入ってからナビに振り回されていたのは覚えている。
 車もナビも古いので、新しい道(バイパスや高速道路)が表示されず、道の無い所に車が走っている状態も続くので、途中から携帯(スマホ)のグーグルマップ・ナビを起ち上げ、同行した先輩に持ってもらった。
 二つのナビを見て進んでいると、分岐点で左右違った表示が何回かあり、これも どちらを選ぼうか?悩みに悩んだ。

 

 なんとか国道165号に出て、吉野川に架かる吉野大橋に来た時、過去二回、桜の季節のバスツアーで見覚えのある場所なのでホッとした。


 それでも ここから如意輪寺は まだ10`先、前にそびえる吉野中千本の中にある。狭い道(吉野山観光車道)をくねくねと登って、(裏山門)駐車場に着いたのは12時少し前。

なんと3時間も かかってしまった。
     (次回に続けます)

 



如意輪寺へ
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地主神社〜日吉神社〜浮御堂

   《前回、「葛川息障明王院」近畿36不動尊 第27番からの続きです》


本堂でお参りを済ませ、外に出て空を見ると今にも降りそうな雲行き。
 明王谷川に架かる赤い橋(三宝橋)に戻って

「地主神社」に向かった

境内から見た「鳥居」

 

 地主神社は明王院の鎮守で貞観元年(859年)、相応和尚の創立と伝えられており、主祭神の「国常立命(くにとこたちのみこと)」ほか、この地の地主神である思古淵明神(しこぶちみょうじん)なども祀られている。


ひっそりとした境内には、拝殿・弊殿・本殿の三棟が一直線に建ち並んでいた。


 重要文化財の本殿と幣殿は室町時代(文亀2年。1502年)に建てられたとあるが、もっと古く感じた。

 

 車に戻って、納経所(明王院)で貰った葛川観光協会のガイドブックを見ながら昼食を終えたのは丁度12時。

 

国道に出ると正面に「かや葺きの家」が見えた。

 今では珍しくなった かや葺きの家、地元・坊村の住民によって管理され、民具の展示なども公開されている。


 帰りの道中、どこか近場の名所に寄って行ければと、まだ一度も訪れたことの無い「日吉神社」と「浮御堂」へ!車を走らせたが小雨が降ったり止んだり。


日吉神社に着くと雨が大きくなってきた。
 それでも両端の西本宮、東本宮を観て廻った。

 

車を駐車したのは境内の真ん中あたり。

 始めて見る鳥居!

 

「山王鳥居」といい、上部に三角形の破風(屋根)が乗った形をしていて、神仏習合を表しているとされるもの。

 

猿も居た!

 

西本宮楼門

 

東本宮楼門

 

日吉神社を出て、次は浮御堂。「山門」到着は2時30分だった。


 撮影ポイントT(先輩曰く) 外からフェンス越しに左側の全景を撮ったが・・・

 

以下、右から!

 

正面から!

あいにくの天気で今一つ(>_<)

 

 「浮御堂」は、正式名称「海門山満月寺」(臨済宗大徳寺派)の本堂で、ご本尊は阿弥陀如来。
 堂内には千体の阿弥陀仏が祀られている。

 

「観音堂」

祀られているのは聖観音座像(重文)

 

明王院の朱印を忘れていたので最後に貼りつけた。

 



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「葛川息障明王院」近畿36不動尊 第27番

 近畿36不動尊巡礼も あと三ヶ寺となって結願(満願)が近づいてきている。いつから始めたのかな?と、ブログをめくってみると、2015年5月8日、神戸市北区道場の「鏑射寺(かぶらいじ)」が最初で この時、果たして全てを巡れるかどうか自信の無さそうな事を書いていた。
http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000083070/p11200656c.html


 先日(6日)、滋賀県大津市の「葛川息障明王院」へ行ってきたので あと二ヶ寺。今回も先輩のNさんに同行してもらった。
 この日の天気は昼から雨予報。日の変更も考えたがお互い空いている日がなく、何とかなるだろうと早目に出かけた。ところが、コンビニで弁当を買ってナビをセットする時、ETCカードを忘れたのに気づいて取りに帰ることに!
 予定より30分遅れて明王院に着いたのは11時だった。


 明王院は琵琶湖の西岸にそびえる比良山の西側、安曇川のほとりに坊村という小さな集落の中にあります。国道から山手に入ると直ぐ、突き当りに安曇川の流域で古くから信仰されている「思古淵さん」を祀る「地主神社」があり、そこの駐車場に車をつけた。


左手の明王谷に架かる赤い橋を渡ると、

 

左に納経所  入口の門は「政所表門」


右に境内が広がり
 赤い建物は「護摩堂」

石段の上に見えているのが「本堂」


左手前には「行者庵室」で、いずれも重要文化財。

 

正式名称は「阿都山葛川寺(かっせんじ)息障明王院」

 開山は相応和尚(そうおうかしょう)、創建は貞観元年(859年)。


 平安時代、無動寺谷に草庵を築いて比叡山中で厳しい修行を重ねていた相応和尚が、明王谷の奥にある三の滝で七日間の参篭に入り、満願の日、滝の中に不動明王を感得した。放心した相応が滝壺に飛び込むと、不動明王と見えたのは一本の桂の古木だった。その霊木から不動明王を刻み、安置したのが明王院の始まりと伝わっている。

 

 坊村の祭り・回峰行者による「夏安居会中」(8月18日)に行われる「太鼓廻し」は、この伝説が今も続いていて、勢いよく回転した太鼓に行者が飛び乗り、
合掌して向かい側に飛び降りるという勇ましい姿は、毎年多くの祈願者、参拝者が訪れる恒例行事になっている。
 この時、地主神社では村人たちがこぞって「豪州音頭」を踊ると納経所で聞いたが、明王院HPを見ると「伊勢音頭」と書かれていた。踊りとはまた別なのかも???

 

「本堂」

ご本尊は不動明王立像、千手観音立像、毘沙門天像
 不動明王と毘沙門天を脇侍とする独特の三尊形式は天台宗・横川中堂にならったものだそうで秘仏です。

 

「堂内」

 

格子から内陣を覗いたが暗くて見えず、

カメラでもはっきりと写らなかった。
     (次回に続けます)

 



葛川息障明王院
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根来寺から歴史資料館と旧和歌山県議会議事堂へ


   《前回「根来寺」からの続きです》
 不動堂でご朱印を頂き、何とかお参りも済ませてお堂を出ると雨が降り出していました。

次に向かったのは「大伝法堂」

 根来寺の本堂で文政10年(1827年)に再建され、中に祀られる本尊は大日如来。脇仏は金剛薩??(こんごうさった)、尊勝仏頂(そんしょうぶっちょう)です。

多宝塔(国宝)

 12本の柱で円筒形に作られた内陣には、大日如来を中心に諸仏が祀られていました。

 この後、多宝塔隣の大師堂、本坊事務所に入って光明殿、行者堂、聖天堂などを見て廻りましたが、すでに3年前のブログに書き残していますので省略します。

最後に向かったのは「奥の院」でした。


 奥の院というと、何となく遠い所にあるものとイメージしますが、本坊事務所横の参道を進んで行くと直ぐでした。

 根来寺を開いた興教(こうぎょう)大師・覚鑁(かくばん)上人の御廟所・お墓です。康治2年(1143年)12月12日に入滅され、ここにお眠りになっています。

根来寺のお参りを終えて、次は600bほど西にある
「ねごろ歴史資料館」に行きました。


 館内は、開創から中世、秀吉の紀州攻めまでの根来寺にまつわる歴史の紹介や、発掘された土器・石塔などの出土品の展示、根来寺内の人たちの暮らしを支えた出土品(貯蔵用の大きな甕(かめ))を展示し、中心にはシアターゾーンがあり、映像と音声により根来の歴史をわかりやすく立体的に伝えています。また、根来寺と紀州徳川家とのかかわりの図表も展示されていました。





続いて隣の「旧和歌山県議会議事堂」へ


 和歌山城の東側に明治31年(1898)に建設された和歌山県会(現県議会)の議事堂です。平成24〜27年度の保存整備事業で建築当初の姿に復元され、昨年3月にオープンしま した。
 議場は公会堂としても使われ、明治44年には夏目漱石が「現代日本の開化」と題して講演したこともあるそうです。

「議場」と


その「ジオラマ」


初代議長・濱口儀兵衛(梧陵)の銅像も置かれていました。

 津波から村人を救った物語『稲むらの火』のモデルとしても有名な人物です。

 拝観は、ねごろ歴史資料館は無料。旧和歌山県議会議事堂は根来寺と共通入場券(500円)となっています。

 旧議事堂の向かいに「道の駅」(写真右)がありましたが工事中(未オープン)でしたので

土産物売り場(写真左)で

「うどん」を食べて4時前、帰路につきました。


 尼崎に帰ってから、コーヒーが飲みたくて喫茶店まで先輩に付き合って貰って家に帰ったのは6時前でしたね。
 途中から雨に降られましたが同行二人、いいお参りができました。残る3ヶ寺も一緒に廻ってくれるようにお願いしました。



ねごろ歴史資料館
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ジオラマが凄い

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2017/12/13 9:33:21 [ 削除 ] [ 通報 ]

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「たくじろう」さんからこのブログを教えてもらいました。ほとんど自宅でPCと過ごしています。あえて趣味をあげるのなら、お寺の参拝でしょうか。
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