思いついたまま

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50周年記念誌を頂いた!

 いよいよ盆踊り(18、19日)が近づいてきました。三味線教室の方は8日(火)を最後に、子どもたちは今、のび館活動のキャンプに行っているのでぶっつけ本番になりそうです。


 一夜こらの歴史を少しでも分かればと、尼崎、伊丹、西宮、毎年各地の盆踊り会場を巡ってきましたが今年は尼崎の二ヶ所だけ、これ以上の進展も無さそうだし、行動力も落ちたかもです。
 そんな中、今日は伊丹・南野「むぎわら音頭」の盆踊り会場に行ってきました。大きな目的は、昨年、むぎわら音頭保存会結成50周年記念して発刊された記念誌を頂くこと。
 盆踊りが始まってからではそんな話も出来ないだろうと、16時半頃に行きました。


 会場に着くとテントの中に男性が一人居ました。近づいて上ノ島で「むぎわら音頭」とよく似た「一夜こら」があるのを説明すると、「二十歳くらいの時に見に行った事があるワ、自転車で! もう40年になるかなあ」と。そういえば初めて南野に来た時、同じような事を言ってる男性がいました。実はその男性と会えないかなあと思ってやって来たのですが・・・
 でも留守番?をしている男性と話が弾み、目的の50周年の記念誌があれば頂けないでしょうか?と尋ねると、「私みたいな下っ端に言われても・・・」と申し訳なさそうな顔。
 あきらめて帰ろうとする時、「あっ!!! 上のもんが来ましたワ! あの人に聞いてみてはどうですか」と。その「上のもん」とは保存会の会長さんで、昨年の式典のあいさつで見覚えがありました。


 会長さんに詳しく話をすると、快く受けてくれました。が、体調があまりよくないので、50周年を区切りに会長を降りられたとか。盆踊り会場の公園内に会館があるのですが此処には冊子が置いて無いと言って、誰かに電話を掛けていました。そして、10分ほどで持ってくるから待ってくださいと。

 しかし30分待っても来ないので元会長がまた電話を。すると、冊子は元会長宅に持って行ったようで今度は自宅へ電話。 すぐに奥さんが駆けつけ、記念誌を二冊いただきました!

待ったお陰で元会長とも長く話ができて良かったです。


 記念誌には音頭の歌詞や三味線の楽譜も載せられているので参考になりそうです。

 

開館入り口に「むぎわら音頭先輩者供養」の祭壇がありました。


盆踊り会場の東浦公園。右上に写っているのは新幹線の架線。

 



むぎわら音頭

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 知らない事ばかりです。

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2017/08/18 9:30:33 [ 削除 ] [ 通報 ]

お疲れ様です。盆踊り当日、どうでしたか?(^O^)

堺[ なにわのオオカミ ] 2017/08/18 23:49:30 [ 削除 ] [ 通報 ]

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「一夜こら」と「麦わら音頭」

 地区に古くから伝わる盆踊りの「一夜こら」、昔から毎年の地蔵盆(23、24日)は三味線と太鼓と囃子(音頭)で夜の明けるまで踊り通し、日が昇ると畑仕事に出、これが二日間。さすがに戦時中(昭和12〜20年)は中止となったようだが、敗戦後すぐに地区の青年団が復活させたと聞いている。
 では夜通し踊らなくなったのは いつ頃なのか? 私が小学生の頃だから昭和30年代まで続いていたと思うが定かでない。

 

 昭和42年、地区内に大きな第一公園が出き、それまでの狭い場所から変わった時、この年から私の師匠が櫓の上で三味線を弾き出した事も分かってきた。この時の終了時間は夜中の12時だったと思うが、これも定かでない。現在は二日間とも22時で終了だが、つい数年前までは23時までやっていた。
 それでは それまで誰が三味線を弾いていたのか? また「一夜こら」そのものが何時、どのようにして始まったのか?
 4年前から調べ出しているが分からないまま今年も盆踊りシーズンを迎えた。

 

 毎年各地の盆踊り会場を廻るうち、情報を交換し合える人も数人できた。特に3年前、生島西地区連協合同の盆踊りで出会った「富松 麦わら音頭研究会」のメンバーとは親しくなり、情報の交換会を行っている。
 どのようにして始まったか分からないものの、「一夜こら」は「麦わら音頭」の流れを受けているのは間違いないと思う。


 今日(5日)、生島西地区合同の盆踊りで

「富松 麦わら音頭研究会」が麦わら音頭を披露するので見に行った。

 

 会長が麦わら音頭の歴史を紹介した後、3年前から踊り曲の中に麦わら音頭も入れられ踊っているが、研究会のメンバーだけで揃いの法被で正式な踊りを披露した。


 その後、踊れる人たちも加わり3分の曲を3回、もちろん私たち(一緒に行ったOさん)も一緒に踊った。なんと! 会場からアンコールが出て もう一回!!!
 夕方6時半から30分間、あっという間の出来事だった。

 

Oさんと放浪の旅に出た息子さんの事を聞きながら家に帰ったのが8時前、雨がパラパラ降りだした。
 21時終了の盆踊り、最後まで出来たのかな?

 

今日もブログのエラーが続きましたね

23時頃から ずっと待って今!投稿できました!

 



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やっと投稿できた!と思ったら、すぐに繋がなくなり この投稿が確認できず、3時前になっても復旧しないので寝ました。

[ さとっさん ] 2017/08/06 12:04:17 [ 削除 ] [ 通報 ]

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奈良興福寺・東金堂の「仏頭」

 先日、施設見学(奈良市和楽園)研修の後、午後からは奈良公園近辺の散策でした。予定は興福寺〜東大寺南大門〜大仏殿〜奈良国立博物館。
 しかしこの日は九州北部に記録的な豪雨が! 近畿地方は大きな被害にならなかったもの、奈良は朝から小雨が降ったり止んだりの天気。そして和楽園の研修が長引いたので予定が変更となり、東大寺までの散策が取り止めとなりました。


散策は奈良観光ガイドさんの案内で興福寺・東金堂の拝観から。

 

 今、東金堂は昭和12年10月、本尊薬師如来の台座下から見つかった「国宝 仏頭」が

 


『80年ぶりに東金堂へ還座。日光菩薩・月光菩薩と600年ぶりの再会!』と名され特別展示中です。

 

 興福寺によると、仏頭は高さ98・3センチの銅製で、685年に開眼供養された山田寺(奈良県桜井市)の本尊像の頭部。本尊像は1187年に東金堂に移された後、室町時代に火災で焼けて頭部だけが残った。
 頭部は再建された東金堂の本尊台座の中に納められたままとなり、1937年の解体修理時に発見された物。

 

 発見後、仏頭は帝国奈良博物館(現奈良国立博物館)にしばらく寄託されていましたが、国宝館が1959年に竣工したのを機に収蔵安置されました。
 今回、国宝館の耐震にかかわる建物の大規模改修工事のため一年間休館することになり、その間だけ東金堂に還座されての展示だそうです。


 ガイドさんの話によると、国宝館で有名なのは何といっても「阿修羅像」、
拝観客の多くが国宝館に入っても東金堂は今一つだそうで休館中の苦肉策かも?と言って笑っておられました。
 東金堂には2度、国宝館には一度だけ入館しましたが、仏頭があったかどうか定かでなく、私も阿修羅像だけはハッキリ覚えています。

 



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この仏頭をお借りしてトラックに同乗して東名走ったことあります。

[ ふく ] 2017/07/08 11:27:32 [ 削除 ] [ 通報 ]

仏像などの美術品を お仕事であちこちに借りに行くお話を以前聞きましたが仏頭もでしたか!?

[ さとっさん ] 2017/07/08 22:20:44 [ 削除 ] [ 通報 ]

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今年のゴールデンウイークは!

 ゴールデンウイーク真っ只中の昨日(5日)は祖父の50回忌と、あわせて祖母の13回忌法要を営みました。
 これまでだとGW期間中は我が家と弟宅で二回の夕食会を持つのですが今回は無し、法要に叔父、叔母、従弟を呼んでいるので、それ以上の大きな集まりとなりました。
 法要は二つで二時間弱、孫たちが我慢できるかな?と心配していたら、全員途中から寝ていたようです。

 

 

 

 

 法要の後、お昼は「かごの屋」で昼食ですが、こんなに集まる機会は無いと思って出掛ける前に集合写真を撮りました。

 

 この日のために準備をしてきた母と妻は大変だったと思います。特に母は気せきですから、何でも早目に済まそうとします。そんな母に押されて障子、襖を外し、網戸を入れるなどの力仕事は私の役目でしたから大変でした。
 法事を終えた今はホッと一息ついたところですが、いろいろと動いたり気を使ってきた母ですから、疲れが出ないかと心配しているところです。

 

 そして今日(6日)、帰省していた弟の長男家族が千葉に帰る日です。お昼前の新幹線なので9時過ぎ、我が家に寄ってくれました。
 弟の孫(YUUTO、YUIKA)と私の孫(SARA、MOKA)と庭で30分ほど遊んだでしょうか。帰る時になって弟の車に乗り込むとき、あれほど(泣いてしまう)「バイバイ」をするのを嫌がっていたYUIKAちゃんがバイバイをするようになっていました。
 この4月から保育園に通い出したようで、少し人見知りする子だったのですが よく喋り、うんと性格も明るくなって体も大きくなっていました。
 この前来たのは正月だったので、あっという間の4ヶ月でこれだけ変わるんですね(^^♪

 



50回忌法要
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  お疲れさまでした☆彡

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2017/05/07 9:05:29 [ 削除 ] [ 通報 ]

1日・1週間・ひと月 孫たちの成長はじじ・ばばをびっくりさせますよね。自分達の息子・娘と違い、素直にその成長を受け止められる気持ちがじじ・ばばにあるからなんでしょうか?(-_-)

堺[ なにわのオオカミ ] 2017/05/07 9:39:04 [ 削除 ] [ 通報 ]

ご立派なご法要を営まれましたね。お疲れになったとお察しいたします。お母様も当日は気が張っておられますが後からどっと、
お疲れが…ゆっくりと休ませてあげて下さいませ。

[ チエリー ] 2017/05/07 22:29:51 [ 削除 ] [ 通報 ]

モンセさん、私はさほどでもないですが母と妻はよく頑張りましたよ^^

[ さとっさん ] 2017/05/07 22:45:44 [ 削除 ] [ 通報 ]

なにわのオオカミさん、ほんとうに子どもの成長ぶりには驚かされます。それを見て目を細めて笑っている「じじとばば」なんです。
私の孫は近くにいますが、弟夫婦は長男の帰省以外でも年に数回千葉に会いに行きますからね。私以上のじじバカです(笑)

[ さとっさん ] 2017/05/07 23:01:35 [ 削除 ] [ 通報 ]

チェリーさん、親の50回忌って一般には できる機会が少ないと思われます。
母屋の母として、節目の大きな法要なので大変な気遣いだったと思います。それでも終わってからは座布団カバーの洗濯など、後片付けをせっせとやっていましたからね。本当に元気な母で助かっております。お気遣いありがとうございました♪

[ さとっさん ] 2017/05/07 23:11:49 [ 削除 ] [ 通報 ]

 こうやって親戚が集まるっていいですね 羨ましいです。さとっさんの人徳ですね。

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2017/05/08 9:19:55 [ 削除 ] [ 通報 ]

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やっと見てきました!「摂津音頭」

 今日(10日)は伊丹の荒牧へ「摂津音頭」保存会の納涼盆踊り大会を見に行ってきました。会場の伊丹市立天神川小学校に着いたのは18時15分、もう かなり暗くなっています。

 


広いグランドの真ん中に櫓、周りにはたくさんの踊り子。

 

校舎の前に本部席のテントがあるだけで露天商などの店は全く無し。

これだけたくさんの人が集まるお祭りなのに店の無いのは珍しいですね!

 

 保存会の法被を着た人に話を聞き、摂津音頭は何時頃から始まるのか尋ねると、「今日は三回しますよ!一回目はもうすぐです」というので待っていると保存会会長の挨拶が始まりました。続いて伊丹市長の挨拶、横では三味線の準備をしています。


 次々と長い挨拶の後、三味線と太鼓に音頭が入って摂津音頭の始まりです。動画を撮りましたが、いきなり始まったので冒頭を逃してしまいました。
 踊りは6分ほどで一回目を終え、他の曲に変わったので摂津音頭の写真は撮れていません。
動画をYouTubeにUpしていますので、よろしければ見てください。
https://www.youtube.com/watch?v=Kx5C1laysiM

 

 最初に話をした おじさんは音頭を取っていました。音頭取りは5人、中に子どもも居て感心しました。一回目の終わった後、おじさんに挨拶してから帰りました。

 

着いた最初に撮った写真です。空には お月さん!わかるでしょうか?

 

ケーブルテレビ(ベイコム)のカメラが撮影に来ていました。

 放送は9月15日(木)〜16日(金)、地元ニュースで放映予定!

 

 何年も前から行こうとしながら見に行けなかった「摂津音頭」、やっと見る事が出来ました。私の地区の「一夜こら」と繋がりはあるのか? 実は今年も南野の「麦わら音頭」を見てきています。今日のおじさんの話では、麦わらは踊りに 色んな動作があるので違うのでは?と言っていましたが、足の運びは よく似ていました。しかし、三味線を注意して見ていましたが、メロディは「一夜こら」と似ている所がありませんでした。
 南野の事と併せて もう少し詳しく書ければと思っています。


(摂津音頭:伊丹市HPより)
 摂津音頭は荒牧・荻野・鴻池など市域北部に伝えられている伝統芸能です。昭和60年に伊丹市の無形民俗文化財に指定されました。
 宝塚市内の「千吉(せんきち)踊り」や「安倉(あくら)音頭」と同型ですが,旋律や太鼓の叩き方が伊丹市内南野地区の「むぎわら音頭」や「播州音頭」「河内音頭」などと異なり,旧川辺郡にしか存在しない独自のものと考えられています。この音頭の「チョイトカケタ」という囃し(はやし)言葉は独特で,「とろりとろりとねぶたい時は……」のように酒造り唄が取り入れられているのも特徴的です。

 摂津音頭保存会は毎年9月中旬に市立荻野小学校で行われる盆踊りや民俗芸能講習会などにより,この無形文化財の保存・継承に努めています。

 

 なお、ここ数年前から場所は伊丹市立天神川小学校に変わっているようです。

 



摂津音頭
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露店が出てないのはなんか理由があるのでしょうね。

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2016/09/11 5:37:38 [ 削除 ] [ 通報 ]

モンセさん、その方が踊りに集中できるから良いのでは!?
周りに露店があるとざわつきますからね^^

[ さとっさん ] 2016/09/11 23:36:40 [ 削除 ] [ 通報 ]

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「一夜こら」(いっちゃこら)

 最近マルタ島へ語学留学している友人夫婦の事をブログにしています。主人のOさんのクラスで「一夜こら」を披露する件ですが、先日Oさんから「さとっさん、見事 一夜こら を踊りました!。教室内で女踊り、男踊り、若者踊りと踊り比べ、、、、みんなで踊ってしまったので誰も写真を撮っていないのです、、、」と、メッセージが届きました。


 さすがに行動力のあるOさんです。授業時間が足らずに披露できなかった各国からの踊りを、一週間も経たぬ内にやってくれました。
 「マルタ島からの返信」、前回のブログは→ ttp://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000083070/p11446696c.html です。

 

友人Oさん から送られてきたクラスメートとの写真


 「一夜こら」の事を改めて書きますと、いつの時代からか分かりませんが、地域に古くから伝わる地蔵盆の踊りで、三味線と音頭と太鼓で夜が明けるまで踊りつづけるのです。昭和16年頃から戦時中は途切れましたが戦後すぐに復活し、昭和41年まで朝まで踊っていました。


 踊り方は いたって簡単なもの。手は内に向けて上げ、足の動きは、「左」、「右」、(右足を)「戻して」、(左足を)「ちょん」。前に三歩進むのと、後ろに振り返る動作もありますが、足の基本はコレ!
 「ひだり みーぎ もどして ちょん」。この掛け声で教えてきましたから保育園児(4歳以上)でも踊れます。
 単純な踊りなのに、踊っていて飽きませんから不思議なものです。

 

 手足の向け方でOさんが言われた男踊り、女踊りとありますが、網を引く格好や石投げ、念仏など、手で表現する踊り方(五形式)もあります。
 伊丹の南野に伝わる「麦わら音頭」は、カマキリ、餅つきなど、上ノ島と違った動作が行われています。
 私が三味線を弾き始めてから、「一夜こら」の由来を調べていますが、未だ麦わら音頭との繋がりは分からないままです。


 麦わら音頭が兵庫県の指定文化財になったのは、「音頭」の歌詞(せりふ)がきちんと残されていたのが大きな要因だと云われます。
 地元上ノ島では、音頭もそうだし、五形式も踊らなくなっているので、今後は忘れ去られるのは必然ですね。
私も、三味線だけは!の思いで、後継者の育成に取り組み、二十数年振りに子ども三味線教室を再開していますが、音頭と五形式も書物で残して置かなければと思っています。

 

 今日(10日)は久し振りに「いきいき館」を覘いてきました。隔週の水曜日は「民謡教室」の日、講師をしておられる私の師匠が大けがをしたと聞き お見舞いに行きました。自転車との接触事故で右手の甲をおもいっきり電柱に当ててしまったようです。

 幸い骨折まで無かったですが、酷く腫れた手は動きがままならず、この日は まだ三味線を弾くことが出来ません。それでも気丈夫に「盆踊りは弾くからな」と仰っていたので安心しました。


 いきいき館の大広間、周りは書道教室の先生(講師)の作品で埋められていました。

 たくじろうさんのブログでは、この展示に至るまで何かとあったようですが・・・・・ 私は見る事ができましたよ!(笑)

 



いっちゃこら
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また当たりました〜!タイガース定期預金

 今日の午後、門の前に置いてある鉢に植えた皇帝ダリアを観察していると郵便屋さんがやって来た。受け取った郵便物を見てピ〜ンときた! そう、またタイガース定期預金のプレゼントに当たったのである。


 一昨年に続いて2回目。昨年阪神タイガースはリーグで3位だったので賞品は2万円分の商品券。当選数は1万本なので当たり易いのかもしれないが、何故か私より預金の多い母に当たらないのが不思議だ。
 毎月欠かさず尼信会館と貯金箱博物館に行っているのが功を奏したのかな?

 

送られてきた商品

 

一昨年の抽選要項

 

前回当選の時に書いたブログは↓こちら!
http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000083070/p11054154c.html


 西宮ブログの西野宮子さんも当選したことをブログに書いていましたが今回はどうだったのでしょう!? 吉報を待ちましょう!

 


 皇帝ダリアだが、成長の具合が気になるので今日もKさん宅に行って話を聞いてきた。茎の太さといい、葉の数も大きさも我が家とは比べものにならぬほどデカく育っていた。

 話では、3月の初めに植えたと言っていたので二ヶ月のハンデがあるようだ。

 

Kさん宅の皇帝ダリア

 

我が家の皇帝ダリア

 



タイガース定期預金
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今はどうあれ、季節にどれだけの花をつけてくれるのか?!
愉しみに待ちましょう(^_-)

堺[ なにわのオオカミ ] 2016/05/31 0:19:50 [ 削除 ] [ 通報 ]

当選おめでとうございます。
「私にも届くかな?」と今まで待っていましたが、考えたら、抽選結果は満期のお知らせハガキに載っているんですよね。
私、ハズレです。

[ 西野宮子 ] 2016/06/01 11:48:00 [ 削除 ] [ 通報 ]

なにわのオオカミさん、そうですね!目先のことに拘りすぎですね! 枯らす事の無いようにしっかりと育てます(^0^)

[ さとっさん ] 2016/06/01 19:29:29 [ 削除 ] [ 通報 ]

西野宮子さん、今回 当たらなかったのですか、残念ですね。
抽選は昨年の11月に行われていたようですね。お知らせハガキに記載されているのは知りませんでした。ありがとうございます♪母親のを見てみます!

[ さとっさん ] 2016/06/01 19:34:32 [ 削除 ] [ 通報 ]

今まで一回も当たったことないのに 当たる人は何回も当たるようですね 一回当たった人は避けるとかして欲しいのに・・・

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2016/09/01 17:20:17 [ 削除 ] [ 通報 ]

モンセさん、今年当たると不運ですよネ!Bクラスがほぼ確定ですから金券が貰えません‼
それにしても弱すぎますワ!阪神は!( ̄□||||!!

[ さとっさん ] 2016/09/01 19:19:45 [ 削除 ] [ 通報 ]

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日の出

日の出
日の出
大崎上島・清風館からの日の出
広島にきております☀( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆


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三味線弾きのMさんを訪ねて箕面市桜井へ!「三味線・一夜こら」

 今日は、50年ほど前に地区の盆踊りで三味線を弾いていた人と連絡が取れ、午後から話を伺いに行く予定でした。
 午前中、何か持っていく資料など無いか整理していると、尼崎市の図書館で借りた高田銀蔵さんの本の返却日に気づき、慌てて近くの「北図書館」に行きました。

 

 その足で、高田銀蔵さんをよく知る人と会って少し話を聞いてきました。実はこのTさん、昭和31年(高校2年)の時から地元の青年団の団長をしていたのです。
 当時の盆踊りは青年団の主催で、夜通し踊り明かした事を懐かしそうに語ってくれました。また警察防犯からの通達で夜通しが禁止され、12時までになった経緯も聞きました。でも、それが何時だったかは覚えていないようで、おそらく昭和40年過ぎだったとか。
 また、肝心の三味線弾きや音頭取りのこともあまり覚えていなかったです。Tさんは私の家の近くの事務所に勤めておられるので、いつでも話の聞ける状況にあります。

 

 

 午後からは昔三味線を弾いていたMさんと会うため、自宅のある箕面市桜井へ!
このMさん、まったく知らない人ではないのですが、ゆっくり話し合うのは初めてです。


 7月末、大先輩の元連協会長が亡くなった翌日にMさんと一度お会いして、お互い お寺巡りをしている事を話し合ったことがあり、家に伺うと大歓迎を受け、2時間以上居てたのに、話の大半は巡礼の事。もちろん盆踊りの三味線の事も聞いていますが、私の方がまとめきれなくて今書くことができません。

 

私の知らなかった事を少し書きますと
 「一夜こら」の三味線譜面をスマホに撮影したのを見せますと、なんと、この譜面作りに加わったというのです。


 昭和42年ごろ、私の師匠と一緒にN先生に三味線を習っていた事も知りました。そして、このN先生が中心になって今の楽譜ができたようです。
 それまでは、おのおのが好きなように弾いていたのを纏めたのですね!


 もう一つ驚いたのは、「一夜こら」というのをMさんが知らなかった事です。
楽譜が出来た時、どんな名前にしようと皆で話し合い、Mさんは「むぎひき・・・・」と言って思い出そうとしています。
 私が「むぎわら音頭ですか?」と尋ねると、「いや! 違う」と言います。
「いっちゃこら いっちゃこら と言いながら踊っていたのは覚えているけど、曲の名前は覚えてないなあ! いっちゃこら でしたか!」と言うのです。

 名前の無い曲踊りを これまで踊り続けてきたとは思われず、Mさんの思い違いではないかと思うのですがどうでしょう。

 

 Mさんは昭和3年生まれの87歳、昭和32年に桜井で店を開き、南塚口町との二重生活。完全に引っ越したのは昭和43年。この年から三味線を弾きに行かなくなったようです。

 

 私が行って聞く内容を知っていたのでメモを書いて持っておられました。
 隣に居た奥さん(83歳)も「女学生の頃、夜通しで踊ってたので懐かしいワ。いろんな話を聞かせてもらってありがとう」と喜んでくれました。
 この話からは、戦後すぐに盆踊りが復活したのではと思われます。

 

 月に一回は南塚口に来られるようなので、その時に また会う約束をして桜井を後にしました。話し合ってる時は何度も大きな雨が降っていましたが、道中は降らずに助かりました。

 

 余談になりますが、私が巡り終えた「摂津国88ヶ所」を紹介しますと、奥さんの顔を見つめながら「おい! 久し振りに お寺巡りに行ってみよか!」と、笑みを浮かべて、行く気満々でした!

 



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伊丹市の図書館へ! 三味線・一夜こら

 私の地区の盆踊りが行われた二日目(22日)に、富松の「むぎわら音頭研究会」のメンバー3人が「一夜こら」を観に来てくれたのを少し前に記事にしました。その時、南野の「むぎわら音頭」保存会の10周年記念誌の、富松の事が書かれた部分のコピーを頂いていました。
 貰ったのは三味線と太鼓の写真が載っているページです。他にもっと書かれているのでは? また自分の目でも確かめたく、27日、伊丹市の図書館へ行ってきました。


 あらかじめ図書館に置いてある「むぎわら音頭」に関する書物を調べると4冊あり、受付で尋ねると6冊出してくれたのを読んできました。
 10周年記念誌は残念ながら貸出禁止! もう一冊は借りれるので、図書カード手続きをして借りてきました。「摂洲兵庫功徳盆踊り むぎわら音頭」という冊子です。

 記念誌の方はメモを取っており、重要なところはコピーをしています。
 尼崎市の中央図書館で借りた高田銀蔵さんの「ふるさと らいさん」の本と併せて、これから私なりに所感を書いてみようと思います。

 

図書館入口です
気をつけていないと通り過ぎてしまいそう!

 

借りてきた冊子


富松の研究会のメンバーから頂いた富松のことが書かれたコピー

 

 

伊丹の図書館に行く前後に「猪名野神社」と「金剛院」に寄ってきました。


「猪名野神社」は、縁起(伊丹野宮牛頭天王の縁起)によると、宇多天皇の時代(887〜896)に、金剛院の別宮摂社として創始された後、醍醐天皇の時代(897〜929)に現在地に建立されたといわれ、明治に入って、神仏分離と共に、野宮牛頭天王を猪名野神社と改められたようです。

 

鳥居

 

参道

 

拝殿

 

本殿  裏から見たところです

 

境内図

かなり広い境内で、たくさんの社が祀られていました。

 


「金剛院」は摂津国88ヶ所 第60番 札所。今日で4回目のお参りです。

 

「山門」 写真中央 奥に見えるのは図書館です

 

中に入ると、おばさん二人が境内の草むしりをしていました。
お互いに軽く会釈を交わし、お参りを済ませて阪急伊丹駅に向かいました。
この日は電車でした。4時を回っていましたが結構暑かったですよ。

 



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さとっさん
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「たくじろう」さんからこのブログを教えてもらいました。ほとんど自宅でPCと過ごしています。あえて趣味をあげるのなら、お寺の参拝でしょうか。
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