思いついたまま

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尼崎市西本町の「貴布禰神社」

 先日、西宮ブログの「モンセ分店薬局」さんが『おついたち』の記事で貴布禰神社の事を書かれていました。尼崎に住んでいながら、まだ一度も行ったことが無いので お詣りしてきました。


 貴布禰神社といえば8月1、2日の「だんじり祭」が有名で、商店街や氏子地域を2日間曳きまわし、2日の大祭には「山合わせ」を演じます。これは尼崎独特のもので、2台の地車が向かい合い、前の部分を上げながらぶつかるもので、上手く肩背棒といわれる棒を先方の地車にのせることができれば勝負あり、という演技を約3時間にわたって熱戦を繰り広げます。
 この様子はケーブルテレビで何回か見ていますが、生では まだなので一度は見てみたいものです。

 

 貴布禰神社は三和商店街から南に下り、阪神電車の高架をくぐると北側の入り口に大きな鳥居があるので すぐ分かります。

 

北から境内に入ると右に「榎社」

 

その前に「相殿社」 地車の倉庫も二つ並んでありました

 

後ろを振り向くと「本殿」

 

本殿裏に「白龍社」(左)と「白波稲荷神社」

 

拝殿の右に「桜の記念植樹」

 関西学院大学アメリカンフットボール部が甲子園ボールで優勝するたびに植えられているようで、その数は6、7本ありました。
 関学とは どんな関係があるのでしょう?

 

正面から見た「社殿」

 

 祀られているのは主祭神「高龗神(タカオカミノカミ)」と「加茂別雷神(カモノワケイカヅチノカミ)」と「加茂御祖神(カモノミオヤノカミ)」


(貴布禰神社HPより)
 かつて尼崎城主の崇敬が篤く、代々御祈願所を務めてきたことから、現在に至るまで多くの市民に「尼崎の総氏神」として親しまれています。
 創建年代は明らかではありませんが、摂津志には嘉暦元年(1326)に創建されたと伝えられています。
 尼崎城内三ノ丸に鎮座していましたが、元和3年(1617)の戸田氏鉄による改築城の際、現在の西桜木町に、現社地には正徳5年(1715)に遷座しました。
 昭和20年6月15日、大東亜戦争の戦火に遭い社殿をはじめ境内建物のほとんどを焼失しました。
 現在の社殿は昭和25年に阪神間ではいち早く復興されたもので、その後、平成14年に大改修工事を行いました。

 

 HPでは主祭神が京都の貴船神社と御同神である、とだけ書かれていました。
また、尼崎には もう一つ長洲に貴布禰神社がありますが、こことの関係は書かれていませんでした。

 

 敷地の一番南には大きな鳥居。すぐ前は国道43号線なので環境事情を考慮し、汚れの目立たないに色にしているとか。

 鳥居の向こうが「南門(表門)」、1700年頃の建立とされていますが、尼崎の神社で こんな立派な門のあるのは珍しいです。

 

 昨年は遷座三百年祭だったようでいろんな記念神事が催され、また たくさんの募財が集まり、社などの改修工事が完了したようです。
 写真の絵は北鳥居の参道ですね


その北の参道で モンセさんのを見つけました!

 

  20分ほど居ましたが、境内はもちろん、末社なども綺麗にされていて とても感じのいい神社でした。

 




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さとっさん、こんばんは。
貴布禰神社は、阪神電車から鳥居が見られます。
いい感じの境内ですよね。2度ほどお参りしたと思います。
お祭りの時は、だんじり?がぶつかり合うそうですよ。
ケーブルテレビか何かのビデオで拝見しました。

[ もしもし ] 2016/02/07 0:08:03 [ 削除 ] [ 通報 ]

宮司の江田さんが関西学院在学中にアメリカンフットボール部だったのでその関係です キリスト教の学校出身の宮司さんです、西宮のえびす神社さんと同じですね

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2016/02/07 16:48:46 [ 削除 ] [ 通報 ]

もしもしさん、こんばんは♪
私も だんじり祭はテレビでしか見たことがありません。商店街を曳きまわしているのは何度も見たことがありますけどね。
 神社は、言葉では表現しづらいですが、どっしりと構えて風格のある感じがしました。

[ さとっさん ] 2016/02/07 23:15:00 [ 削除 ] [ 通報 ]

もんせさん、宮司さんが関西学院出身だったのですか。これからも桜の植樹が増えていきそうですね。桜の季節にまたお詣りに行きます(^0^)

[ さとっさん ] 2016/02/07 23:19:19 [ 削除 ] [ 通報 ]

 貴布祢神社の先代の宮司さんが 若くして亡くなられたので今の宮司さんは苦労されたと思います。

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2016/02/08 9:01:24 [ 削除 ] [ 通報 ]

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尼崎市南城内の「櫻井神社」

 月日の経つのが早いですね。今日で11月も終わり、今年も残すところ あと ひと月となりました。
 この日は風も無くて穏やかな日和、家に居ても もったいないので久し振りに自転車で出掛けることに。

 先日、尼崎城・天守閣復元の事をブログに書くと、もんせさんから「櫻井神社」の件でコメントを頂いたので早速行ってきました。

 

 

 創建は明治になってからなので そう古くはない神社です。御神祭は歴代尼崎藩主の櫻井公、櫻井松平信定公より十六代、櫻井忠興(ただおき)公まで十六柱を祀っていると云われます。

 

「本殿」

 

 

本殿前に置かれた尼崎城の九曜紋入りの瓦

 

尼崎三代目城主忠告公の句碑

 

 

 境内には この地に生まれ育った、江戸時代の真言宗の僧であり、国学者の「契沖」を祀る社もありました。

 

隣の中央図書館には石碑も建てられています。

 

 

南から見た「境内」

東から↓ 境内は南北に細長い神社です


 もんせさん曰く、グループ「嵐」で有名な神社だそうですが、芸能界に疎い私には何の事か分かりません(>_<)
 一人、若い女性が社務所でお守りを買っていましたが・・・

 

 元は「西二の丸」にあったのを、国道43号線敷設のため、1961年(昭和36年)、現在地(西三の丸)に遷宮したとありますが、

開明橋から見るとどうでしょう? 見下ろしているように見えるのかな!?

それより地下道の大きな屋根の方が景観を損ねているように思います。

 

帰りは「尼崎城址公園」前を通り、

 

三和商店街の「もんせ分店薬局」に寄りました。

 

その後は・・(笑)いつもの中央商店街のノーベル商店劇場へ!
自転車だと楽だし、動きも早いです(^0^)

 



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 ご来店ありがとうございます 宣伝までしていただき 恐縮です 

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2015/12/01 12:15:11 [ 削除 ] [ 通報 ]

もんせさん、いつも突然伺いましてすみません(>_<)
お土産までいただき、ありがとうございました。

[ さとっさん ] 2015/12/01 23:54:49 [ 削除 ] [ 通報 ]

12月1日に櫻井神社をテレビで取り上げていました。
「嵐」との関係も分かりました。

[ 西野宮子 ] 2015/12/02 0:45:43 [ 削除 ] [ 通報 ]

バスツアーも来てたことありますよ 女性ばっかりでした それに絵馬も嵐のコンサート切符手に入りますようにとかそんなのばっかり^^:

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2015/12/02 16:17:09 [ 削除 ] [ 通報 ]

西野宮子さん、こんばんは♪
同じ日にテレビで放映されてたのですか?知りませんでした。
神社と「嵐」の関係も、いまだに分かっておりません(>_<)

[ さとっさん ] 2015/12/02 23:25:14 [ 削除 ] [ 通報 ]

もんせさん、「嵐」そのものが わかっていません。

それより、寄付者の名前で「もんせ分店薬局」を見つけておりますヨ!(^0^) 創建百年とか、石造物の横に書かれていました!

[ さとっさん ] 2015/12/02 23:32:52 [ 削除 ] [ 通報 ]

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「尼崎城 天守」私費で復元!

昨日の読売新聞阪神版で嬉しいニュースが載っていました!
少し前から噂には聞いていました「尼崎城天守」の復元が
現実となるようです。
 いつに完成するのでしょう 楽しみです!

 


尼信会館3F、常設展示場にある「尼崎城模型」

 

現在の尼崎城址公園

 



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 尼崎城の復元の話は以前から何度も上がっては消えあがっては消えました 尼崎城内にあった櫻井神社さんが庄下川にかかる橋の架け替え工事によりナント!!神社を見下ろすと言う愚挙 暴挙・・・信じれない事態になったのですが  役所仕事で遂に現在のような形になってしまいました 神社を見下ろす公共の施設なんて 果たしてどうなんでしょうか・・・私個人の意見としては 役所の 言い分は仕方ないということなんでしょうが 何とかならなかったのでしょうか 罰が当たらなければよいのですが 櫻井神社の神主さんも呆れてものが言えない状態だったと思います。

[ モンセ分店薬局 薬剤師徒然日記 ] 2015/11/29 16:42:59 [ 削除 ] [ 通報 ]

もんせさん、櫻井神社は最近何回か前を通りましたが まだお詣りはできていません。言われてみればそのような気がしますが、今度行ったら確かめてきます。
もっと離れていれば気にもならないのでしょうが・・・

[ さとっさん ] 2015/11/29 23:05:11 [ 削除 ] [ 通報 ]

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尼崎市 富松神社の「薪能(たきぎのう)」

 26日は富松神社で薪能が行われた日でした。

 昭和55年(1980年)、地域の能楽師 山村啓雄さんの尽力によって復活し、地元の住民が一体となっての薪能は今回が36回目。
 実施日は毎年7月26日と決まっているそうです。

 

夕方5時からの開演だと思って少し前に着くと、5時30分開始でした。

 


 始まると、司会者の合図のもと、全員起立して本殿に向かって一斉に「二礼 二拍手 一礼」、見事に揃いました。圧巻です。


最初の演目は小学生による「仕舞」

 子どもが演じるようになったのは今年で13回目だそうで、11名の小学生(小3〜小6)が この5月から稽古を重ね、全員が演じていました。

 

続いては武庫川女子大 能楽部による「仕舞」

撮影が許可されたのはここまで!

 

市長挨拶の終わったのが7時。休憩をはさんで9時頃まで行われますが、私は所用のため、ここで会場を後にしました。

 一番前の方で観ていましたが、帰るときに客席を見ると用意された丸椅子が満席、すごい人出となっていました。

 

 地元の消防団員が交通と自転車の整理、受付にはボーイスカウト、その他 氏子が全員白のネクタイで正装。おばちゃん達もお客さんの接待。地区住民が一体となって頑張っているのを見て羨ましく思いました。

 


 = 2015年度公演 = 
●解説 岐阜大学名誉教授 伊東久之
●仕舞 尼崎こども能楽教室
●仕舞 武庫川女子大学能楽部
●狂言【鬼瓦】
--火入れ式--
●挨拶 尼崎市長 稲村和美
●仕舞【井筒】
●仕舞【松虫】
--休憩--
●能【土蜘蛛】
    【附祝言】


 

 帰り道、南の空を見上げると お月さまと飛行機。思わずカメラを取り出しましたが・・・・

 

 

 



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すみません記事とは関係ないコメントになりますが。
さとっさんのブレーブスの記事に幼い頃の記憶を呼び起こされ、コメントさせていただいてから一年余り。私の拙い記事にもコメントいただきありがとうございました。Cerezoブログ閉鎖に伴い自分のブログは一時なくなりますが、また・・・
さとっさんのブログはお気に入りなので、ちょくちょく読ましていただいて、コメント残させていただきますね(^O^)
ありがとうございました。m(__)m

堺[ なにわのオオカミ ] 2015/07/29 23:31:55 [ 削除 ] [ 通報 ]

なにわのオオカミさん、こちらこそ!
いつも熱い励ましのコメントを頂き感謝しております。
これからもよろしくお願いしますネ(^0^)

[ さとっさん ] 2015/07/30 0:01:10 [ 削除 ] [ 通報 ]

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尼崎市金楽寺の「吉備彦神社」

   《2日に記事にした「残念さんの墓」からの続きです》
 大物公園のSLの前でしばし休憩し、帰り道は本通りを行かずに金楽寺の旧村の中を通りました。
 今は廃線になっていますが、昔、JR尼崎〜大物方面に電車が走っていて「金楽寺駅」があったのを覚えています。昔の駅付近にレールを残した遊歩道があるというので探しましたがわかりませんでした。
 やはり歩かないとダメですね。自転車を走らせていたので見逃したと思います。


 狭い道を進んでいると、急に道が広くなった所に歴史のありそうな神社がありました。


「吉備彦神社」
主祭神 吉備真備(きびのまきび)
鎮座地 尼崎市金楽寺2‐17-1

 

≪お社の説明・御由緒≫(尼崎市神社あんないより)
『遣唐使として唐から様々な文物を持ち帰り、我が国の学芸に貢献した吉備真備が祭神で、元禄14年に出された『攝陽郡談』には、吉備公がこの地に錦楽寺を造営し唐から持ち帰った土を埋め、その地に叢祠を建て、一品天神として祀った旨が記されている。神社の屋根瓦にも一品宮と記されたものが使用されている。
 また境内は歴史時代の貝塚跡で、昭和36年小規模な発掘調査が行われ、土器、漁具、瓦、土製品、古銭など様々な遺物が出土した。現在、市の遺跡に指定されている。境内社には稲荷社がある。』

 

 

 

 

 

 

吉備真備入唐間事図という歴史ある「絵馬」も飾られていました。

NHKのテレビでも紹介されたようで、もっと大きく撮るべきでした。
「一品宮」の文字が入った屋根瓦も後で知りましたので写真は撮れてません(>_<)

 

改修中の「稲荷社」

 

 現在の「金楽寺」の町名は、天平七年(735年)、吉備真備(きびの まきび)が長洲(ながす)に建立した銀楽寺からきていると云われています。
 吉備彦神社東隣の「金楽寺愛郷会館」(地域の集会所?)の玄関脇にある小さな祠が、その「錦楽寺」の唯一の名残りだそうです。


神社内には貝塚が見つかり、昭和36年に発掘調査が行われました。

 何故か かなり高い位置に「説明書き」。思い切り手を挙げて撮った写真がこれですから、読むのには苦労します。そのまま書き写しました。

 

金楽寺貝塚は、当社境内に所在する歴史時代の貝塚跡です。
 昭和36年に小規模な発掘調査が行われ、土器類をはじめとし、漁具類・瓦類・土製品。古銭などさまざまな遺物が出土しました。この出土遺物を詳しく調べてみますと、平安時代の前期から中期までのものが大半をしめることがわかりました。
 金楽寺貝塚は、長洲御厨成立以前の発展しつつある長洲浜を示す遺蹟であると考えられます。8枚の皇朝十二銭は、銭貨による経済活動を行なっていた長須浜の住人を想像させてくれます。また緑釉陶器などの奢侈的な土器は都との密接な関連を教えてくれる品です。


   尼崎市教育委員会

 

 



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「残念さんの墓」 尼崎のこと

 先月29日、潮江の「素盞鳴神社」の後、周辺のお寺を何ヶ寺か廻ろうと、尼崎の寺院一覧を見て「次屋」という所に行きました。東に500bほど進んで目的地に着くと、一覧に書かれた「尼崎次屋不動尊」が見当たりません。
 住所は次屋1‐13‐1。一丁目の区画を2周しましたが全て民家。諦めて帰ろうとすると、番地の違う場所に「祠」らしき物がありました。

 この中にお不動さんが祀られているのでしょうか、中に入れなかったので分かりませんでした。

 

 次は杭瀬に向かいます。南に向かってJRの線路をくぐると常光寺。とても暑い日でしたので、休憩がてら途中にある「浄光寺」に寄ってお参りしました。

浄光寺に来るのは3回目、本堂は自由に入れるので中に入ってお参りしました。

 

 

 ここからです、浄光寺を出て杭瀬のお寺に行くはずが、急に「残念さんの墓」を思い出し、杭瀬の商店街に入って大物方面に向かってしまうのです。
 暑かったので日陰に入ろうと、商店街に入ってしまい、お寺に行くのを すっかり忘れていました。

 

 杭瀬本通りから西へ、長く続く商店街(初めて通りました)を出ると、大物までは旧街道でしょうか、くねくね曲がった道になります。
久 々知や三反田の旧村を通った時もそうでしたが、尼崎には まだこのような道が多く残っているんですね。
 道なりに進むと国道2号線(稲川交差点)に出て向い側が大物公園、「残念さんの墓」は公園の隣の墓地の中です。

 

 長州藩士山本文之助の墓で、文之助は幕末の元治元年(1864年)蛤御門の変の戦いに敗れ、京都から逃げ落ちる途中大物で捕らえられます。
 牢の中で割腹自決するとき、死に際に「残念、残念」と叫んだと言い、その後哀れんだ周辺の人たちが墓を建てて弔ったと云われています
 いつの日からか、ここにお参りすると一つだけ願いが叶うと言われるようになり、今でもお参りする人が絶えないとか。

 

前は大物公園。入ってすぐにデゴイチが置かれています。

 

 

↑は、私の最後の職場でした。SLの周りに生えた草を抜くため、一度 来た事があります。
 早いもので もう11年になるんですね、前のベンチに腰掛け、一人懐かしんでおりました。

 

 



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おはようございます。残念さんはもともとは別のところにあったようです。尼崎のお墓は市街化とともに随分移転しましたが、うちのお墓はここです。冠頭中会という会が管理して墓守さんを置いてる不思議な墓です。周辺に住んでいない人も多いです。都会の下町の真ん中によく残ったなと思います。いつも車で行きますが、一度だけ震災後阪神電車で行った時、大物駅でおりて、機関車のある公園を通りました。

[ ふく ] 2015/07/02 8:19:32 [ 削除 ] [ 通報 ]

ふくさん、こんばんは♪
確かおじいさんは尼崎の小学校出身でしたね。
残念さんの墓は知っていましたが行くのは初めてでした。大物ばかりと思っていたのに国道の南側の地名は杭瀬なんですね。
ひっそりと佇む狭いお墓で、行った時は建て替えなのか新築なのか分かりませんが、入った右で建築工事をしていました。

[ さとっさん ] 2015/07/02 18:57:49 [ 削除 ] [ 通報 ]

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園田の聖天さん! 尼崎市の「福田寺」

 ほんとうに月日の経つのが早いです。今日から7月、今年も半分過ぎてしまいました。

 振り返ってみると かなり出掛けていたのですね。撮って来た写真を行った日付ごとにフォルダに収めていて、その数を見ると60個近くになってたので、三日に一回は出掛けていた計算になります。
 写真を整理していると、6月17日、園田のお寺廻りに行ったのがありましたので書いてみました。


 家から園田に行く時はJR塚口北の踏切を通り、阪急電車神戸線に沿って東に進みます。阪急電車の線路の南は森永塚口工場。ここを通ると、いつもチョコレートや飴の甘い香りがしたものです。今は工場が無くなり、公園、マンションなどの再開発の真っ最中。残り香があるかと思っていましたが全く消えていました。

 

 阪急の高架をくぐって反対側の道に出ると横は三菱電機。線路に沿ってつき辺りまで進んで、さらに細い道を真っすぐ行きます。
 これまでよく通る道なのに、いつから整備されたのか、石碑が置かれて様子が変わっています。行き過ぎましたが、気になるので写真だけ撮るのに戻りました。

 


的がずれていますね! 石棺は左に写っています。撮った写真はこの一枚だけ(>_<)

(尼崎市HPより)
『長らく岡院の用水路に架けられ、スズリ橋と称せられてきた古墳時代中期の凝灰岩製の長持形か家形石棺の蓋石です。
 現在阪急神戸線の北側の水路沿いに周囲をコンクリートで固められて保存されています。長辺140.2cm、短辺52.0cm、厚さ30cmあります。
 どの古墳から出土したかは分かりませんが、このあたりは塚口古墳群と呼ばれるほどに古墳が集中していたところですからその内の一つから出たものと思われます。』


 この日の目的地は「福田寺(ふくでんじ)」。阪急園田駅からだと真っすぐ北に歩いて10分程の所。藻川を渡って旧道を行くと「山門」がありました。

 

 

 

よく手入れが届いていて雰囲気のいい境内です
山門を入って正面に鐘楼と庫裏と寺務所。


手前には一願不動明王

 

ここにもお不動さん

 

 


「本堂」(聖天宮)
宗派は真言宗聖天派大本山
ご本尊は聖天歓喜天

 

賽銭箱の上には こんなのが・・・


「不動堂」

 

 

「大師堂」

 


 帰ってから お寺について調べます。これと云った書き込みはみつかりません。でも福田寺はフェイスブックを利用していました。
 コメントを見ると知った人物の名が! 事前に連絡を入れておけば案内してくれたようです。失敗しました、先に調べておくべきでした。また行かねば。

 

 このあと近辺のお寺 三ヶ寺を廻りましたが いずれも閉まっていました。


 尼崎には曹洞宗のお寺が寺町に一つだけだと思っていたのに、もう一つ園田にあるというので行ってみると・・・
 あるのはありました! 普通の民家ですよね。でも玄関の門柱には「曹洞宗 泉福院」と書かれていましたヨ。

 

 

 



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尼崎市潮江の「素盞鳴神社」

 27日の土曜日に行われた「Peace Action」から潮江の中華料理店「好運」に向かう途中、立ち寄った「金蓮寺」を写真だけ昨日の記事に載せました。
 金蓮寺の隣に「素盞鳴神社(すさのおじんじゃ)」ありましたので紹介します。

 

入口は鳥居の建設中でブルーシートが被せられています。

左に「金蓮寺」

 

中に入ると真新しい社殿が

 

お社の由緒を見ますと
『JR尼崎駅から北へ徒歩10分。当社は牛頭天皇および大宮天王祠の別称をもつ。
創祀は不詳であるが、後奈良天皇の御世、享禄年間、三好三人衆の一人三好長慶が足利氏に叛き摂津の国を攻略せんとして池田に進軍する折、当社に戦勝を祈願したと伝えられている。

 社殿はもと小字大宮にあったが、天正年間今の位置に遷され、更に明治2年、無格社糺社を合祀した。境内には幹周り三抱え程の楠がある。
 社殿は昭和20年戦災を罹り焼失。戦後間もなく社殿を建立し現在に至る。』

とありますが、昨年12月に建て替えられたようです。

 

「本殿」

主祭神は「素盞鳴尊(すさのおのみこと)」と「玉依姫命(たまよりひめ)」


 落成式があったのはニュースなどで知っていました。でも神社の事は殆ど知らない私ですので あまり関心は無かったです。


 境内に入って写真を撮っていると おじいさんが寄ってきて私に話しかけようとします。時間が無かったので「後で もう一度来ます」と言って、丁寧にお断りして神社を出ました。帰りに寄るつもりが違う道を行ってしまって すっかり忘れてしまいました。

 

 神社は まだ完全に完成しておらず、資金も不足していて浄財を募っているようで、社務所に受付を設けていました。


社務所横のご神木に置かれた「扁額」


 何故建て替えられたのか分からないので調べてみました。でも分からないまま。いくつか建築経過や、落成式の様子の書き込みを見つけましたが分からないので、直接聞きに行こうと思っています。

 書き込まれている記事の中で、奉納名と金額が書かれたのを見ました。
尼崎出身の芸人「ダウンタウン」の二人です。いずれも奉納金は10万円、この数字!?!?! どう思いますか? 0が足らないのでは!?
 右端に写っているのがそうかな? 間違っていたら大変なので今度 確かめて来ます。

 

建て替え前の写真をWebから引用させて貰いました

 

 



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午前中は いつものお寺参り。午後からは「アガヴェ」の観賞

 今日の午前中、と云っても11時を回っていましたが・・・ かかりつけの医院(南武庫之荘)へ薬の処方箋をもらってから近辺のお寺を巡ってきました。
 南武庫之荘〜武庫元町〜武庫之荘〜富松、5ヶ寺を廻って中に入れたのは武庫之荘の「法輪寺」だけ。一ヶ寺、武庫元町の「丞観寺」は見当たりませんでした。

 

 法輪寺のある所は武庫之荘の4丁目、4月30日にseitaroさんが記事にしていた阪急電鉄が開発した住宅街です。この辺りは小さい頃、何を見るでもなしに何故かよく通った記憶があります。
 駅前から北西(中間の県道を越えると南北の道になります)に続く道には東西に横切る橋が順にかけられ、法輪寺は15番目の所、久しぶりに橋の文字を見ました。でも廻りの家並みは かなり変わっていたように思います。

↓ 南から見た法輪寺  そこそこ大きな敷地です

 

浄土宗のお寺で 本尊は阿弥陀如来、大きな構えの本堂は新しそうです。

 

 

境内に珍しい木がありましたが・・・もちろん名前はわかりません。

 

 

 お寺の北西角にお不動(出世不動明王)さんが祀られ、誰でもお参りができるようになっています。

中には座席まで設けられていました。

 

 この後 富松のお寺二ヶ寺(いずれも浄土宗)を廻りましたが中に入れず、外から写真を撮っただけで家に帰りました。

 

 

午後からは上坂部西公園へ!
 西宮ブログ「mamimi」さんの紹介された記事を見て「アガヴェ」を観てきました!
 和名で「大型乱れ雪」、リュウゼツラン科アガヴェ属の多肉植物。上坂部西公園の温室で育てられ、6月5日に開花したようです。
 この科の植物は100年に一度花を咲かせ、その後枯れてしまうのが特徴でセンチュリーフラワーとも呼ばれています。


 当園では開園以来、開花したのは3例目で、とても珍しいことだとか!

見ごろは20日ごろだったようで、観に行くのが少し遅れました。

 

 

拡大して撮ってみました

 

 

アガヴェがあるのは第2温室の中

 



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昨日TVで何処かの温室で植栽した木が伸びすぎ、天窓のガラスが割れたとの事でした。

金沢[ まじめな社長 ] 2015/06/25 9:13:19 [ 削除 ] [ 通報 ]

まじめな社長さん、そんな番組があったのですか? 知りませんでした。
ここのアガヴェは遠慮してか、先っぽが丸く巻いていましたね♪

[ さとっさん ] 2015/06/25 23:43:49 [ 削除 ] [ 通報 ]

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仏(神)がかり的な引き合わせ なのかな !?!?!

 22日、王子動物園でお弁当を食べた後、戸ノ内の治田寺に行くため 孫たちと別れて一足先に家に帰りました。
 孫は私が居なくなったのを不思議がって、何度も「じいや は!?」と言っていたようです。
 家に帰ってから、先輩の家に向かおうとするとき電話がかかってきて、少し孫と喋りました。でも まだ会話は無理ですね(^0^)

 

 治田寺の境内にデイサービスNPO法人「つどい場みち」があり、そこの理事長(治田寺 名誉住職の奥さん)が私の現役時代の上司なんです。とは云っても、私が異動になった年に定年退職されたので、会話をしたのは歓送迎会のときだけでした。
 この事を知ってから理事長と連絡を取り、再度お参りさせて貰う事になりました。 近くに住む先輩(尼崎寺町のボランティア・ガイド)を連れて一緒に伺うのは理事長に伝えてありました。

 

 さあ、治田寺に着いてからの事です。


 呼び鈴を押すと理事長が出てこられ、笑顔で迎えてくれます。一度しか話をした事が無いのに私を覚えてくれていました。
 一緒に来た先輩を紹介すると、理事長が先輩を見て「やあ〜 お久しぶり!」と声を掛けます。先輩はキョトンとして、「私は役所に勤めていなく、知りませんが・・・」と言って顔を見合わせ、首をかしげています。
 そして、「あッ!!! ○○さん! ですか?」と旧姓を言い、思いだしたようです。高校の同級生だったのです。

 

まさに仏(神)がかり的な ひきあわせ!

 お寺の住職に嫁がれたのは知っていたようですが、まさか ここ治田寺だったとは・・・
 先輩はとても驚いて感激していました。先輩に治田寺参りの声を掛けなければ この出会いは無かったのですから、私も嬉しかったです。


そこから二人の思い出話が続いて私はそっちのけ(笑)
 通っていた高校では理事長はマドンナ的な存在で、男子生徒のあこがれの的だったとか。思いを寄せる生徒の名前を先輩が言って、話が弾んでいましたが、先輩も その一人だったのかも???笑

 

話が尽きないお二人

 

 ずっと話が続いたまま理事長にお寺を案内して頂きます。すでに本堂と阿弥陀堂は開かれていて、まず阿弥陀堂に入りました。

 

阿弥陀堂


ここの ご本尊は「阿弥陀如来」(兵庫県指定文化財)
脇侍に左は「神変大菩薩(役行者)」、右に「弘法大師」

 

座高138p、檜材の寄せ木、漆箔の造りです。
 正統派の中央仏師の作品と見られており、肢体の均衡がとれ、面相おだやかで過不足のない彫法は定朝様の流れをひくものと解され、藤原末期の作と考えられます。間近で ありがたく観せて頂きました。

 

続いて「本堂」です。

 

 

ご本尊は「薬師瑠璃光如来」、これは秘仏で厨子の中。
これまで ご開帳があったのかを尋ねると、行基没1200年の1949年にあったかも?と仰られ、私も観たことがありませんと言って笑っておられました。


脇侍に「十一面観世音菩薩」と「弘法大師」
他にも大日如来、聖観音菩薩、地蔵菩薩、不動明王、十二神将が祀られ、荘厳な造りの内陣です。


 しっかりと読経してお参りさせて頂きました。その後も堂内では二人の話が続いてキリがありません。
 先輩が同窓会の写真をデジカメに収めていて、それを見せて話が盛り上がっていました。

 

 さらに この後、「つどい場みち」の事務所で お茶を頂き、結構 長居をしてしまいました。

 自転車での移動なので先輩とは あまり話ができず、帰り道、尾浜の喫茶店に入って ゆっくりと過ごしてから家に帰りました。

 

 治田寺では季節ごとの法会の他に、毎月一回、「写経」や「阿字観」が行われています。
 4月には境内で「桜コンサート」が開かれ、来年は5回目を予定しているようで、また行く機会がありそうですね!

 

理事長さん、ありがとうございました♪
先輩! お疲れさまでした♪

 

最後になりましたが、前回の治田寺の記事はこちらです。
http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000083070/p11212884c.html

 



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「たくじろう」さんからこのブログを教えてもらいました。ほとんど自宅でPCと過ごしています。あえて趣味をあげるのなら、お寺の参拝でしょうか。
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